| 2003.10.27 RAM LAB(矢崎衣良 編) | ||
エドワード・サイード「誇りと連帯」 |
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| (The American-Arab Anti-Discrimination Committee (ADC) Convention 2003年6月15日) | ||
| On Dignity and Solidarity Edward Said June 15, 2003. |
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【原文】 http://adc.org/convention20th/transcripts_edward.htm 【日本語訳】http://www.kcn.ne.jp/~gauss/jsf/said.html |
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【概要】 |
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| エドワード・サイードは、米キャタピラ社が特別に作った60トンもあるイスラエル軍のブルドーザーに轢殺されたISM(国際連帯運動)のレイチェル・コリーの両親に語り掛けることから始める。サイードは批判している。イスラエルのロビイストの圧力のため、アメリカ市民がアメリカの属国であるイスラエルの兵士によって殺害されたのに、上院議員たちが何もできなかったこと。さらに、殺人機械のブルドーザーを作ったのはアメリカであり、しかもそれがテロリストの道具として使われていることまで知っていながら、抗議しようとしないこと。最後に、アメリカ政府が、家族に約束したごく当たり前の調査すらしていないこと。 サイードはレイチェル・コリーの勇気ある行動を讃える。彼女がパレスチナの長い歴史の重さを誠実に受け止め、パレスチナの人びとの暮らしのなかにある強い絆を理解し、そして彼・彼女らとともに苦難を分かち合ったことを強調する。以前はほとんど見られなかったこの種の連帯の輪が、いま世界中に広がっていると、サイードはいう。いまやパレスチナは、迫害からの解放と精神の自由を表す言葉となった。パレスチナの実情が伝えられるたびに、世界の市民が注目するのだ。 サイードによれば、アメリカの既成のメディアの偏向した報道やオリエンタリストたちのプロパガンダが厳しく批判されるべきであり、むしろアラブやパレスチナのほうにこそ多様な報道や活気ある文化の営みがあるという。最後に彼は、アラブ国家やパレスチナ暫定自治政府の指導者の無能さを批判し、組織としてのNPI[The National Political Initiative 国民の主導で政治を行うという意]がパレスチナに市民参加型の民主主義を実現しようとしていることに希望を託す。 |
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【抜粋】 |
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| 「このような最悪の状況のもとで、パレスチナに音楽学校が作られて、生き生きとした活動をつづけています。数百人もの熱心な子どもたちが、ピアノやバイオリン、クラリネットやチェロのレッスンを受けるために、爆弾や銃弾の中をかよってゆきます。 教師たちはみんなボランティア[の演奏家と音楽教師]で、自分の才能を子どもたちに注いでいます。この活動は、西岸地区のいたるところで見られるようになりました。ラマラだけではありません。エルサレムにも支部があるし、ほかの町にも広がってゆくでしょう。 さて、ここにいくつか資料を持ってきました。商売は得意じゃないんですけれども、いまお話した国民音楽院のグループがアラブ音楽を録音したCDです。これが説明書、こちらがリーフレットで、会場のうしろで見ていただけるようになっています。お勧めしたい作品ですよ。 人間味のある事業を支援するのは本当にやりがいのある仕事です。でもこの種のことは決して記事になりません。話題になるのは自爆攻撃ばかりですね。 パレスチナの子どもたちがあふれんばかりの才能に恵まれていること、素晴らしい若手ピアニストがいて世界でも指折りの音楽ホールで演奏していること、そのほか、13才か14才になったばかりの子がいて天才だと信じられていること、こうしたことはみんなこの音楽院の功績です。しかし、まったく話題になりません。パレスチナ人はみんなが自爆攻撃をするか、でなければ原理主義にとらわれていると思われています。(拍手) アラブが発展しているかどうかを調べるのなら、こうした人間味のある文化活動を評価すべきです。ある日の工業生産統計表を手がかりにして、アラブはそれ相応のレベルまで発展しているとか、それともうまく行っていないとか論じるだけでは何もわかりません。」 |
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