2003.05.02 津田佳紀

テクノロジーの楯と矛〈2〉
── 潜在的な戦争と現実の戦争、そして起こっていない戦争

矛盾 〔昔、楚(そ)の国に矛と盾を売る者がおり、この矛はどんな盾をも貫き、この盾はどんな矛も通さないと言ったところ、それを聞いた人にその矛でその盾を突いてみよと言われ困ったという「韓非子(難一)」の故事から〕


 しかし、ラムズフェルド国防長官の頭の中にある楯と矛は、本来の意味での「矛盾」を抱えたまま、尽きることのない堂堂巡りを繰り返す。どこまでも強い楯と、どこまでも強い矛。この2つの武器は、人間のスケールや身体的限界を超えてどこまでもハイテク化し続ける。(それが軍需産業の推進力になるから)

 例えば「ミサイル防衛構想」は、最も大規模で最も高価な楯と矛である。アメリカ国内の産軍複合体にとって最後の「金のなる木」といわれるこのプロジェクトは、実は同種のものが既に実戦配備されつつある。 アロー(ARROW)ミサイルシステムは、イスラエルがアメリカの「ミサイル防衛構想」をモデルにして史上初めて実戦配備したものだ。(註1)

 ただ、このミサイルシステムの設置をめぐっては、イスラエル国内で設置地域の住民が非常に大きな反対運動をおこしている。(註2) 住民たちを悩ましているのは、ミサイルそのものの危険性より早期警戒の為の強力なレーダー施設である。グリーン・パイン・レーダーという強力なレーダーは発ガン性の強い電磁放射線を出すので、他国から飛来するミサイルを撃ち落とす前に、自国の住民を死に追いやってしまう。レーダーの位置から数百メートルのところには病院があり、しかもそこにはホロコーストの生存者を含む患者が入院しているという。

 冷戦時代が良かったということは全くない。しかし冷戦においては、もはや人間の関与不可能な次元で勝敗が決まるという言説が、核ミサイルのテクノロジーとセットになって機能していた。米ソのいずれかがボタンを押せば終わりだが、押さなければ威嚇のみで何も起こらなかった。しかし現在イスラエルでおこっていることは、イスラエル人自身も反対せざるをえないような状態であり、無理矢理かつ直接的に味方の人間の身体さえも、ハイ・テクノロジーの脅威にさらす行為だ。

 テクノロジーが、どのようなかたちで戦争に反映されるかということは、戦略を立てる人間の頭の中にある。産軍複合体の利益に重点をおくラムズフェルド国防長官の組み立てる戦略においては、(売れ筋の)ハイテク兵器の使用が優先され、下位のファクターとして兵士や市民の生命が置かれている。本当は広島・長崎における最終兵器の登場により、人間が直接関与する戦争は精彩を欠きはじめていたはずだ。少なくとも冷戦期は、マクロな戦争(核戦争)と、ミクロな戦争(従来の通常兵器による局地戦)に戦場の様式が二分されていた。ところがポスト冷戦においては、今回のイラク戦争に及んでふたたび、核兵器にもまさる(あるいはより巧妙な)ハイテク兵器が肉弾戦と結び付けられ、異形の戦場を生んでしまった。「ミサイル防衛構想」のレーダーが自国住民の命を脅かすように、そこにはもう敵も味方もない。圧倒的なテクノロジーの前で、全てが死に直面するプロジェクトとして進行するだけである。



 戦争は起こっていない。この破壊的なプロジェクトが進行しているだけである。しかし現在では未だ、この激変した状況はあらわにならず旧来型の戦争がおこっているような錯覚が世界を覆っている。その意味では「湾岸戦争は起こらなかった」というボードリヤールの真意も未だ理解されてはいない。


註1:アロー(ARROW)は、イスラエルが米国の支援を受けて開発中のミサイル。イスラエルの迎撃システムは、1986年に米国との共同研究の形で始められ、1988年にアローの開発に着手した。当時は、米国のSDI計画下での研究開発であったが、冷戦が終わってSDI(戦略防衛構想)が消滅してもイスラエル独自の開発努力が続けられた。やがてアメリカのMD (ミサイル防衛構想)に呼応して1990年からは発射実験が開始され、現在では開発が終了して1998年から実戦配備されている。迎撃高度は20〜100kmであり、上層システムに分類される。防衛範囲は3個部隊でイスラエルの国土をほぼカバーできるよう計画されている。
http://www.glocomnet.or.jp/okazaki-inst/kanetmd/13tmd1101-3.html ARROWの項目に詳しい説明あり。

註2:http://www.jpost.com/com/Archive/04.Nov.1999/Features/Article-9.html においてアローミサイルの概要と、地域住民の反対運動に関する記事がある。また http://www.fortunecity.com/meltingpot/eagle/652/hayadata-e.htm はこの運動への参加を求めるサイト。

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