京成バス 松戸市内


目次


1.概要

京成バスは東京都・千葉県内に広大な路線網を有する。ここでは松戸営業所管内の全線及び市川営業所・金町営業所の一部路線を取り上げる。なお松戸営業所では平成15年より新たに系統番号を採用した。


昭和33年ごろの松戸車庫。(『松戸市政要覧』)


現在の松戸車庫。周囲は完全に宅地化されている。


2.路線紹介

市川線

 松11 松戸駅〜矢切駅〜国立病院〜市川駅

松戸車庫―根本―松戸本町―松戸駅西口―松戸一丁目―春雨橋―松戸郵便局―角町―小山―二中前―浅間台―上矢切―中矢切――下矢切―矢切駅―栗山―小学校前―公民館前―国立病院前―和洋女子大前―真間山下―国府台駅―本町通り―一本松―市川二丁目―市川一丁目―駅前十字路―市川駅北口

1.歴史

1927年(昭和2年)  7月 渡辺敬蔵、松戸〜市川間に乗合自動車を運行開始。(松戸市史)
1935年(昭和10年) 12.23 京成バス、渡辺敬蔵から松戸〜市川、松戸〜金町、松戸〜流山間を買収。(社史)
1957年(昭和32年) 4.10 京成バス、市川線松戸〜市川間にワンマンカーを投入。(社史)
1991年(平成3年)  3.31 北総開発鉄道新鎌ヶ谷〜高砂間開通に伴い矢切駅に乗り入れ開始。

2.現況

 松戸から江戸川に沿って総武線市川駅に至る路線。都市間連絡路線であり、沿線に学校や病院を抱えるため、昔も今も京成が誇るドル箱路線である。とにかく本数が多く、一時期は180本近く運行されていた。市川駅行のほかにこのほかに矢切駅行、国立病院行といった区間便がある。半分以上のバスが松戸駅の先の松戸車庫まで足を伸ばすが、乗客のほぼすべてが松戸駅で下車する。矢切駅バス停は、北総開発鉄道開通前は栗山坂下という名前だった。
 松戸〜市川間の道路は交通量が多いものの片側一車線の狭い道で、歩道もほとんど整備されていない。渋滞することも多く、本数が多いだけにダンゴ状態になることも珍しくない。松戸側では道路の拡張工事と歩道の新設工事が進んでいるが、抜本的な改善はまだ先になりそうだ。
 松戸周辺の混雑はひどいが、特に土休日の渋滞ぶりがひどく、春雨橋から駅へは歩いた方が早いかもしれない。


国分線

松51 松戸駅〜国分〜市川駅(国分線)

松戸駅西口―松戸本町―春雨橋―宮前町―戸定館―山下―分実―美野里町―陣ヶ前―大橋坂下―大橋―古録神社―堀の内―博物館入口―国分操車場―北台―国分―国分角―須和田―府中橋―菅野一丁目―真間一丁目―市川真間駅―三本松―市川駅北口

1.歴史

1961年(昭和36年) 6.25 京成バス、国分線市川〜国分〜松戸間を開業。(社史)

2.現況

国分線は市川駅から北上し、市川線よりも東側を通って北国分駅、聖徳学園、松戸駅に向かう路線で、この系統が一応本線格である。松戸からの本数は1時間に3本程度で、終バスが20時台とやたら早い。市川駅〜松戸駅間の通し便は少ないが、途中で聖徳学園発市川行の路線と北総開発鉄道北国分駅発市川駅行の路線、さらには国分高校などから様々な支線が合流してくる。大橋や堀之内あたりは道が狭い。沿線には市川市の歴史博物館や考古博物館がある。


市川駅〜聖徳学園

聖徳学園―堀の内―博物館入口―国分操車場―北台―国分―国分角―須和田―府中橋―菅野一丁目―真間一丁目―市川真間駅―三本松―市川駅北口

・現況

 国分線の支線で、朝と下校時は1時間に数本、昼でも1時間に1本の運行であったが、2000年6月1日のダイヤ改正でばっさり減らされ市川駅発は平日土曜の朝のみ、聖徳学園発は下校時のみ数本、休日は運休になってしまった。完全にスクールバスとなった格好だが、減らされた分は北国分駅発着便に回され、聖徳学園へは松戸駅・北国分駅方面へ向かう本線の分岐点である堀の内停留所から歩いて5分もかからないので実害はほとんどない。


市川駅〜北国分駅

北国分駅―駅入口―堀の内―博物館入口―国分操車場―北台―国分―国分角―須和田―府中橋―菅野一丁目―真間一丁目―市川真間駅―三本松―市川駅北口

・現況

市川〜聖徳学園間の大幅減便の穴埋めをする形で大増発された。といっても日中1時間に1本だったのが1時間に2本になっただけだが、それでも2倍である。北国分駅付近にはマクドナルドもあり徐々に発展している。北国分駅にはもう一つバス乗り場があるが、これは相当前に廃止された聖徳学園行のバスが発着していたところである。



聖徳学園線

松52 松戸駅〜聖徳学園

松戸駅西口―松戸本町―春雨橋―宮前町―戸定館―山下―二十世紀が丘市民センター―一条会病院前―聖徳学園入口―聖徳学園

松53 松戸駅東口聖徳大学〜聖徳学園正門

松戸駅東口聖徳大学―相模台小学校―二十世紀が丘市民センター―一条会病院前―聖徳学園入口―聖徳学園

1.歴史

1984年(昭和59年) 4.6 京成バス、聖徳学園線松戸駅〜聖徳学園間を新設。(年報)

2.現況

 聖徳学園への通学客を主なターゲットにしている。聖徳学園は北総開発鉄道北国分駅近くの丘陵に挟まれた谷間に位置する。大学は松戸駅東口の近くにあるが、幼稚園と小・中・高校はここに集まっている。途中経由する市川松戸道路は平成12年10月から有料道路ではなくなった。有料とは言っても料金所は高塚付近に一ヶ所あるだけなので料金所さえ通らなければ無料だった。しかし元有料だけあって1車線ながら道路状態は良好で、交差点も少ない。有料時代は「有料道路経由」と表示していたのだが、今はどうなのだろうか。なお、かつて平日や土曜の朝のラッシュ時に限り松戸駅西口前通りの千葉銀前に停留所が移転していたが、現在は松戸駅東口の聖徳大学前から聖徳学園行のバスが出るようになっている。発車場所は東口の聖徳大学の正門の前だがこれが大変な場所で、まず東口を出てデッキのを突き当りまで歩き、イトーヨーカドーの外壁の階段を2階から5階まで上がり、まだ開店していない店内を横切り店の反対側へ抜け、自転車置き場を横目に1分ほど歩かなければならない。知らない人が見たらスクールバスにしか見えないが、れっきとした京成の路線バスである。


矢切高校線

松31 松戸駅〜矢切高校

松戸駅西口―松戸本町―春雨橋―松戸郵便局―角町―南部小学校入口―新開橋―株式会社キカワ―宝蔵院―松戸テニスクラブ―矢切高校

1.歴史

1986年(昭和61年) 7.27 京成バス、矢切高校線松戸駅〜矢切高校間を地元の要望で新設。(年報)

2.現況

 松戸駅から江戸川に沿って走り、県立矢切高校へ至る比較的短い路線である。宝蔵院以南は道が狭く大型車同士がすれ違いできないため、中型のバスで運行している。土手沿いの細い道を行き、常磐線と国道の下をくぐれば終点の矢切高校で、周囲は一面の水田地帯であり、とても川向こうが葛飾区だとは思えない。近くを流れる坂川は親水公園として整備され、住民の憩いの場となっている。ここから矢切の渡しまではすぐなので、渡し舟で寅さんゆかりの柴又を訪れてみてはいかがだろうか。
 
 この路線はここ15年ほどダイヤ改正されていないが、車両のほうはワンステップ車が入り新しくなった。一部の車両には「矢切の渡し」という方向幕が準備されているのだが、はたして延長されるのだろうか。


日大線

松81 松戸駅〜日大歯科病院

松戸駅西口―松戸本町―根本―松戸車庫―小僧弁天―竹ヶ花西町―栄町一丁目―川鉄鋼板―戸田建設工作所―栄町三丁目―北松戸駅入口―栄町六丁目―栄町五丁目―日大歯科病院

1.歴史

1971年(昭和46年) 12.1 京成バス、日大線松戸駅〜日大歯科病院間を開業。(広報まつど)
2002年(平成14年) 10.8 京成バス 平日朝のみ樋野口経由便を新設。

日大歯学部が現在の場所にできたのを受け昭和46年11月1日に運行開始されている。当初の計画では北松戸駅始発であったようだが、北松戸駅で折り返すスペースが無いので松戸始発になったのかもしれない。

2.現況

 松戸駅から常磐線に沿って北上する系統。住宅地と工業団地の境目を走り、常磐線からは徒歩5分以上の距離がある道を走る。本数は1時間に4本程度とやや多く、それなりに乗客は多い。工業団地には山崎パンや宝酒造など様々な工場が建っている。また、戸田建設工作所バス停の目の前には創価学会の大きなホールがある。終点の日大歯科病院は県内でも有数の技術を誇るが、総合病院ではないのでそれほど客が乗るわけではない。ただし日大松戸歯学部を併設しているので時間帯によっては通学客で混雑する。病院の構内にバスの休憩所がありいつも数台停車している。沿線の地形は平旦で、かつては常磐線の線路際から江戸川までの1キロ以上にわたって一面の田んぼであったが、昭和40年代以降の区画整理や急激な宅地開発により風景が変貌した。この路線は松戸市の北西部から松戸の中心部へのメインストリートの一つを通るが、北松戸での競輪開催時以外はそれほど渋滞しない。ただしが開催された場合、時間帯によっては相当混雑する。 松戸近辺では、松戸車庫〜根本間の交差点での右折に手間取ることが多い。この交差点は松戸の中心部の入口に位置し、直進すれば国道6号線に直結し、右折すれば松戸市の中心部に行きつく。特に交差点を直進して陸橋を渡る車が多くなかなか右折できないため、信号が2、3回変わるのを待たねばならないこともざらで、さらに松戸市の中心部に向かう道もやたら信号が多く、しかも混んでいるので松戸駅到着が遅れやすい。この遅れを解消するために、平日朝の松戸行のみ五叉路を曲がらず直進し、樋野口を経由して根本付近をショートカットする便が設定された。

この系統は、1999年9月1日より平日に限ってノンステップバスが導入されている。休日は車庫で寝ており、他の路線で使われてはいないようだ。また、私の知らないうちにこれまでの中乗り運賃後払いから、前乗り運賃先払いに変更されていた。運賃が途中で変わるので、あらかじめ運転手に行先を告げてから料金を払わなければならない。松戸発着の他の京成の路線は運賃後払いなのだが、なぜかこの路線と聖徳学園線だけが前乗り運賃先払いである。


日大歯科病院


発車を待つバス。前乗りである。


流山線

松71 松戸駅〜南流山駅〜江戸川台駅 ・ 松戸駅〜流山広小路

松戸駅西口―松戸本町―根本―松戸車庫―古ヶ崎一丁目―古ヶ崎―古ヶ崎新田―古ヶ崎中学―日大病院入口―西四丁目―職安入口―主水池―主水―膝丸―木村―船戸―南流山三丁目―南流山駅―南流山センター―7号公園―南流山六丁目―番場・サニーパック前―流山八丁目―流山五丁目―小学校入口―流山駅―(流山広小路)―文化会館入口―三輪の山―花輪城址公園−下花輪―中花輪―桐ヶ谷―南丁字路―香取神社―富士見台―中野久木―北部中学校―江戸川台駅 (江戸川台行は流山広小路入らず)

松72 松戸駅〜馬橋駅

松戸駅西口―松戸本町―根本―松戸車庫―古ヶ崎一丁目―古ヶ崎―古ヶ崎新田―古ヶ崎中学―日大病院入口―西四丁目―職安入口―職業安定所―馬橋高校―西馬橋四丁目―蓮田橋―市民センター―馬橋駅

1.歴史

1927年(昭和2年) 12.1 渡辺敬蔵、松戸〜流山間の運行を開始。(房総)
1928年(昭和3年) 4.12 秋元金次郎、流山〜運河駅前間に乗合自動車を開業。(房総)
1935年(昭和10年) 12.23 京成バス、渡辺敬蔵から松戸〜流山間を買収。(社史)
1953年(昭和28年) 5.1 京成バス、野田線松戸〜野田愛宕神社間を開業し、東武と協同運行する。(社史)
1975年(昭和50年) 8.20 京成バス、野田線に西四丁目停留所を新設。松戸〜野田間の直通便は利用者が少なく廃止となり、京成は松戸〜流山〜江戸川台のみになる。(広報まつど)
1991年(平成3年) 3.31 京成バス、流山線(松戸駅〜江戸川台駅)南流山駅乗り入れ開始。(広報流山)
1998年(平成10年) 9.16 京成バス 流山線 松戸駅〜職安〜馬橋駅間の系統を新設。

 松戸から江戸川沿いをひたすら北上する歴史ある路線。現在は川沿いの県道松戸野田線を通るが、大昔は江戸川の土手の上を走っており、転落事故も起きたらしい。かつてこの路線は野田の愛宕神社まで伸びており、東武バスの野田〜松戸線と相互乗り入れをしていた。その後昭和40年代には東武の柏〜流山線が流山から江戸川台まで乗り入れるようになった。しかし道路混雑によりバスの運行速度が低下したことや、鉄道の利便性が増したことから松戸から野田までバスを走らせてもあまり意味がないということになり、昭和50年には流山を境に路線が分割されてしまった。それ以後は東武バスが京成バスが松戸駅〜江戸川台駅、流山駅〜野田市駅間の運行となり、流山から江戸川台の手前までが同一区間となった。分割当時の時刻表によると、東武バスの野田〜流山間は今でこそ1日2本だが、昔はもっと本数が多かったことが分かる。京成バスが江戸川台に乗り入れるようになったのは東武バスの柏〜流山〜江戸川台線と江戸川台〜流山〜大広戸線(流山〜江戸川台間がいつ廃止されたのかは不明)をひきついだためだろう。
 分割後は総武流山線流山駅停留所の一つ先の流山広小路までの便と、東武野田線江戸川台駅行きの便が交互に走る時代が続いた。しかし平成3年に武蔵野線南流山駅に乗り入れるようになり、さらにその後流山広小路折り返し便のほとんどが南流山駅行きに短縮されてしまった。さらに平成10年には西四丁目で分岐する馬橋駅西口行が新たに設置されて現在に至っている。 


1.現況
・松戸駅〜江戸川台駅
  松戸営業所一の長距離系統である。現在の本数は松戸駅〜西四丁目間が日中1時間に3本、職安入口〜南流山間が日中1時間に2本、南流山駅〜江戸川台駅間は日中1時間に1本程度となっている。流山駅〜江戸川台駅間の本数は昔からそれほど変わっていないが、南流山駅〜流山駅間は馬橋駅行ができてから減らされてしまった。主要道路だけあって交通量が多く、特に中間地点の流山市内では定時性がなかなか確保できないようだ。
 県道松戸野田線は地元では流山街道と呼ばれている。片側一車線でそれほど広くない道なのだが、常磐道に接続すること、野田、岩井、関宿方面へは国道経由より近道であるため交通量が多く、トラック街道と化している。歩道すら満足に無い道を大型トラックが頻繁に行き交うため自転車で行くには怖い道である。交通弱者にとって酷な道であるため、流山市ではコミュニティバスを運行して救済措置を講じている。またこの道は時間帯によっては混み合うことが多く、下手をすれば松戸を出て南流山駅に到着した時点で20分近く遅延してしまうこともある。
 この路線は松戸市の西端を通る。一部が市街化調整区域にかかるため沿線人口はそれほど多くない。そのため一部区間では水田が広がる中を走行し、東京の隣であることを忘れさせる。西四丁目を過ぎたあたりで馬橋行きが右折し、本数が減る。次の主水池、主水は「もんといけ」、「もんと」と読む。主水池は釣り堀となっており週末になると釣り客が釣り糸をたらしている。、主水を出ると流山市に入り、新松戸のマンション群を望みながら北上する。南流山へはいったん県道を外れるが、現在常磐新線の工事中で駅前がごちゃごちゃしている。南流山から流山までは市街地の中を走る。沿道にはメルシャンの工場やキッコーマンの工場があり、みりんの街流山の面影を感じさせる。流山以北は田畑が多くなり、ローカル色が濃くなってくる。
 流山市は都市機能が分散しており、市役所がある流山周辺と、武蔵野線沿線、東武野田線沿線が独自に発展している。電車で市役所に行く場合にはいったん松戸市か柏市まで出なければならず、特に野田線沿線の場合、柏・新松戸と二回も乗換えが必要になる。バスの便も悪く行政的にもまとまりを欠く。ちなみに流山駅から野田市駅まで東武バスの1日2往復の路線があり、江戸川台駅の手前まで並行する。

・松戸駅〜馬橋駅
 もう一つの松戸〜馬橋線は98年9月16日の改正により新設された系統で、途中までは南流山方面行と同じく県道松戸野田線を通り、西四丁目の先で右折してまっすぐ進み、職安を経由して馬橋駅に至る。職安への足としての役割を果たしているが、1時間に1本と本数は少なく、土休日はさらに少ない。2000年3月14日までは日大歯科病院〜職安〜馬橋駅〜新松戸駅間を結ぶ系統と並行していたのだが、こちらは廃止されてしまった。馬橋駅〜職安間は旧ダイヤの6割近くまで減らされてしまったが、職安へは流山方面行きのバスに乗っても行けるので、職安へ行くなら松戸からバスに乗れ、と言うことだろう。松戸駅の2番乗り場にも、「職業安定所経由」ときちんと掲示されており、流山線の職安入口バス停で下車しても職安へは徒歩5分程度で行ける。もちろん馬橋駅から歩いても良いが25分ほどかかるので、お金に余裕があればタクシーを利用したほうが良い。また、新京成バスに乗って蓮田橋で降りるという裏技もあり、これだと徒歩12分ほどだ。

 馬橋駅からは江戸川沿いの県道に突き当たるまでひたすらまっすぐ進む。まず蓮田橋までは新京成バスの新松戸線と同経路で、停留所も同一である。京成のほうが後発であるため、初乗り運賃は新京成にあわせて170円となっている(京成の初乗りは160円)。職安から運賃が210円に跳ね上がるので、ケチりたければ馬橋高校で降りたほうが良い。蓮田橋から直進して次の西馬橋四丁目までは住宅街の中を走るが、坂川を渡ると市街化調整区域に入ってしまうので人家が少なく、江戸川まで田畑が広がっている。西馬橋四丁目は開業後しばらくしてから設置されたもので住宅地の西端にある。何故かこの辺にはコンビニがないので不便だ。坂川を渡ると道の両側に学校が集まっている。旭町小学校と旭町中学校はどちらもそれほど古くない。この系統の終バスがやたら早いのと、休日にほとんど運行されないのは沿線の住宅地としての性格が薄いからと考えられる。馬橋高校から職安馬橋庁舎の停留所までは100メートルほどしか離れていない。松戸職安馬橋庁舎は停留所から徒歩3分ほどであるが、田んぼに囲まれているので迷うことはない。かつて馬橋駅のバス停はいつも行列ができており、たまに立ち客が出ることもあった。しかし職安のメイン業務である職業紹介と雇用保険の給付、求人受理業務が松戸駅前の伊勢丹脇のビルに移転したため、この路線の職安への足としての役割は内に等しくなっている。なお職安馬橋庁舎の近くには松戸整形外科や、違法駐輪で撤去された自転車の保管所もあるが、バスの利用に結びつくかどうかは微妙です。松戸市の計画ではここに官庁街が出来上がるらしかったのだが。

東武、京成間で路線が分割された直後の時刻表。昭和50年8月現在。

松戸〜流山〜野田 野田〜流山〜松戸
松戸駅 松戸車庫 流山駅 江戸川台駅 野田市駅 記 事 野田市駅 江戸川台駅 流山駅 松戸駅 記 事
    6:25 6:40         6:30 6:55  
   6:15 6:35 6:50     6:20 - 6:56 - 休日運休
    6:45 7:00       6:45 7:00 7:25   
6:30   6:55 7:10       6:55 7:10 7:35  
  6:50 7:10 7:25       7:05 7:20 7:45  
7:00   7:25 7:40       7:15 7:30 7:55  
- - 7:40 - 8:16   7:00 - 7:38 - -
7:30   7:55 8:10        7:30 7:45 8:10  
- - 8:07 - 8:43 休日運休   7:45 8:00 8:25  
7:45   8:10           8:15 8:40  
8:00   8:25 8:40       8:20 8:35 9:00  
8:25   8:50           8:55 9:20  
8:50   9:15 9:30       9:00 9:15 9:40  
9:12   9:37       9:01 - 9:39 -  
- - 9:41 - 10:17       9:42 10:07  
9:35   10:00 10:15       9:50 10:05 10:30  
10:05   10:30 10:45       10:20 10:35 11:00  
- - 10:40 - 11:16   10:00 - 10:38 -  
10:25   10:50           10:55 11:20  
10:50   11:15 11:30       11:00 11:15 11:40  
11:14   11:39       11:02 - 11:40 -  
- - 11:42 - 12:18       11:44 12:09  
11:40   12:05 12:20       11:50 12:05 12:30  
12:00   12:25           12:30 12:55  
- - 12:41 - 13:17   12:01 - 12:39 -
12:25   12:50 13:05       12:35 12:50 13:15  
13:00   13:25 13:40        13:10 13:25 13:50  
- - 13:43 - 14:19   13:03 - 13:41 -  
13:35   14:00 14:15       13:45 14:00 14:25  
- - 14:27 - 15:03 休日運休 13:47 - 14:25 - 休日運休
14:10   14:35 14:50       14:20 14:35 15:00  
- - 14:42 - 15:20 休日運転 14:02 - 14:40 - 休日運行
14:45   15:10 15:25       14:55 15:10 15:35  
- - 15:30 - 16:06   14:50 - 15:28 -  
15:15   15:40 15:55       15:30 15:45 16:10  
15:40   16:05           16:10 16:35  
- - 16:28 - 17:04 休日運休 15:48 - 16:26 - 休日運休
16:05   16:30 16:45       16:15 16:30 16:55  
- - 16:43 - 17:21 休日運転 16:03 - 16:41 - 休日運転
16:25   16:50             16:55 17:20  
16:45   17:10 17:25       17:00 17:15 17:40  
17:03   17:28       16:51 - 17:29 -  
- - 17:31 - 18:07       17:33 17:58  
17:25   17:50 18:05       17:40 17:55 18:20  
17:43   18:08           18:13 18:38  
18:00   18:25 18:50     17:49 - 18:27 - 休日運休
18:15   18:40       18:15 18:30 18:55  
18:30   18:55 19:10       18:45 19:10  
18:50   19:15         18:45 19:00 19:25  
- - 19:32 - 20:08 -     19:20 19:45  
19:10   19:35 19:50     18:52 - 19:30 -  
19:28   19:53         19:20 19:35 20:00
- - 19:55 - 20:31 休日運休     19:58 20:23  
20:05   20:30 20:45       20:05 20:20 20:45  
20:45   21:10         20:50 21:05 21:30  
21:15   21:40           21:20 21:45  
広報ながれやま380号(昭和50年10月15日発行)より


馬橋駅前の広い駅前道路を行く。


新松戸線

松73 日大歯科病院→馬橋駅西口

1.歴史

1991年(平成3年) 3.31 京成バス、新松戸線日大歯科病院〜馬橋駅〜新松戸駅を新設。
1998年(平成10年) 9.16 京成バス 流山線 松戸駅〜職安〜馬橋駅間の系統を新設。
2000年(平成12年) 3.16 京成バス、新松戸線、平日朝の日大発馬橋駅行を残して廃止。

2.現況

 松戸職安への足として1991年に誕生したものの2000年3月にほぼ廃止されてしまった系統である。開通当時の『広報まつど』には、「当初は、京成バスが運行しますが、のちに新京成バスも運行する予定です」と書かれていた。新松戸駅から線路より少し離れたところを南下し、馬橋駅からは新京成バスの系統と途中まで並行しつつ江戸川までまっすぐ西へ進む。ここから南流山〜松戸間の系統と少しだけ並行し、蔦屋の角で左折して日大歯科病院に至る。開業当時の本数は1時間に1本で、すべてのバスが新松戸〜日大歯科病院の全区間を走っていた。新松戸から馬橋駅の西口までは新京成の路線もあるが、京成の路線はもう少し常磐線の線路に近い道を走る。この道は国道六号線から新松戸に通じる数少ない道の一つで、交通量が非常に多く、しかも信号がやたら多い。おまけに新松戸のダイエー付近の交差点では違法駐車が非常に多く、右折にかなり難渋していた。だから馬橋駅〜新松戸駅間でこの路線を利用しても自転車に乗っても、時間的にはそう変わりかった。そもそも平坦な住宅地で1時間に1本しかないバスが利用されるはずもなく、平成11年のダイヤ改正では新松戸駅に顔を出す便が1日4往復にまで減り、翌年2000年3月には馬橋駅〜新松戸駅間が廃止の憂き目に会う。京成バスの新松戸駅進出はわずか9年で幕を下ろしてしまったが、あの状況では廃止もやむを得ないだろう。

 残った馬橋駅〜日大病院間も平日早朝の日大病院始発の片道運行が残るのみとなってしまった。これで馬橋駅〜職安間は流山線の馬橋駅乗り入れ系統にほぼ統一された。
 馬橋駅から松戸方面は99年の改正で大幅に増発され、松戸行と日大歯科行を合わせ平日は日中の本数が1〜3本、朝8時には6本もバスがあったのだが、この改正で一気に6〜7割に減らされてしまった。確かに休日は空気を運んでいたが、平日はかなりの利用があったのでもったいない限りである。

なお、廃止された新松戸〜馬橋間の停留所は以下の通り。

新松戸駅―郵便局前―新松戸三丁目―青少年会館入口―新松戸南一丁目―馬橋小入口―消防署―馬橋駅西口


見納めとなった新松戸行の方向幕


八柱線(臨時のみ)

松戸駅〜八柱霊園(直通)

・現況

 平成3年3月31日までは松戸〜白井線などとともに松戸駅まで乗り入れていたが、北総線の新鎌ヶ谷〜高砂間開業と同時に白井線などが五香駅発着に短縮され、八柱線も多客時のみの臨時運行とされてしまった。松戸駅から竹ヶ花の陸橋を渡って、後は新京成線沿いの道路を進む。昨年のお盆に松戸駅まで出かけた限りではそれなりの利用があった。乗り場は4番で、高塚梨香線の奥である。時刻表はなく、係員が発車の案内をしているようだった。

 松戸〜八柱間の道路の混雑はすさまじく、この混雑が廃止された原因の一つでもある。現在歩道の新設工事が行われ、あわせて道路の拡張工事も行われているが、まだ混雑解消までは時間がかかるようだ。特に夕方の渋滞がひどいので、八柱霊園からの帰りは八柱駅入口で降車可能なので急ぐならそこで降りた方が良い。


高塚線・梨香台団地線(市川営業所)

松戸駅〜市立東松戸病院

松戸駅西口―松戸本町―春雨橋―宮前町―戸定館―山下―分実―美野里町―陣ヶ前―大橋坂下―大橋―松戸南高校入口―秋山―東部小学校―五中入口―スポーツパーク―高塚―住宅入口―市立東松戸病院入口―市立東松戸病院

松戸駅〜梨香台団地

松戸駅西口―松戸本町―春雨橋―宮前町―戸定館―山下―分実―美野里町―陣ヶ前―大橋坂下―大橋―松戸南高校入口―秋山―東部小学校―五中入口―五中入口―団地入口―団地中央―梨香台団地

1.歴史

1929年(昭和4年) 2.7 伊原栄太郎、松戸駅〜松戸園芸学校間に乗合自動車を開業。(房総)
1932年(昭和7年) 2.24 伊原栄太郎、松戸駅〜松戸園芸学校線を秋山まで延長。(房総)
1943年(昭和18年) 5.12 京成バス、伊原乗合自動車の松戸〜秋山線を買収。(社史)
1953年(昭和28年) 12.25 京成バス、高塚線を高塚から高塚療養所まで延長。(松戸市政要覧)
1975年(昭和50年) ? 京成バス、松戸駅〜秋山〜梨香台団地線を開業。(広報まつど)
1994年(平成6年) 4.16 京成バス、高塚梨香線が市立東松戸病院の玄関前まで乗り入れるようになる。(広報まつど)
2000年(平成12年) 10.1 京成バス、高塚梨香線にノンステップバスを導入。

現在この路線は市川営業所が担当しているが、昔は松戸営業所が担当していた。また、昭和31年の段階では松戸から国立療養所(後に国立松戸病院となり、平成5年に市立東松戸病院となる)を経由したのち高塚まで引き返し、そこから大町まで運行する便があったようだ。また昭和45年の時点では高塚から国立療養所を経由せず、そのまま大町に向かう便もあったようだ。大町行の系統がいつごろ消滅したのかはわからないが、武蔵野線が開通して大町と市川大野を結ぶバスが運行されるようになればわざわざ松戸まで出る必要は無くなるだろう。また国立松戸病院時代は病院の玄関前まで行かず、現在の市立東松戸病院入口停留所入口で折り返していた。玄関前に入るようになったのは平成6年の事と思われるが正確な日時は不明である。しかし高塚梨香線は1994年(平成6年)4月16日の改正以来ダイヤが変わっていないため、この改正と同時に病院の前まで乗り入れるようになった可能性が高い。

2.現況

 松戸市の南部をひたすら東へと走る路線。全線松戸市内を通るが、市川営業所が担当する。そのためかバスの接近案内が無い。終点に市立東松戸病院があるためか平成12年10月1日からノンステップ車が導入された。この路線が走る国道464号線は片側1車線の狭い道でかなり曲がりくねっている。途中で北総開発鉄道と交差するものの駅前には乗り入れない。北総線秋山駅は東部小学校バス停と五中入口バス停のちょうど中間にある。ロータリーがようやく完成したようだが、今のところバスが乗り入れる様子はない。五中入口から梨香台団地行が分岐する。中規模の公団住宅であるが、北総線の開通前は陸の孤島と言っても良かった。スポーツパーク停留所は東部スポーツパークのそばにある。かつては松戸駅や八柱駅、北松戸駅から新京成バスが乗り入れていたものの、どの路線も本数が少なかった。スポーツパークができる前は「神社前」と名乗っていたはずである。市立東松戸病院行のバスは高塚バス停付近の十字路で右折する。ここで新京成バスの八柱駅〜市立東松戸病院線と京成バスの東まつど駅〜本八幡駅線に合流する。高塚には操車場があり、本八幡行のバスが発車するが、周囲には何も無い。高塚近辺は観光梨園が多く、シーズンには梨もぎが楽しめる。あまり知られていないが松戸市は二十世紀梨発祥の地である。

 高塚から南に少し走り、病院入口バス停を左折して、病院の玄関前が終点である。梨香台団地行と市立松戸病院行は交互に運転されているため末端では本数が少なく非常に不便である。私が中学生のときには病院線と梨香台団地線を合わせて1時間に4本あったと思ったのだが、94年のダイヤ改正で本数が減り、現在末端部では40分に1本しかない。また東松戸病院から新京成線八柱駅に至る新京成バスの路線も本数が少ないので、病院の玄関先でバスを待つよりは、ここから病院入口バス停間で5分ほど歩き、1時間に8本前後と本数の多い本八幡行のバスに乗る方が便利である。高塚地区の住民も、特に松戸に出る用事が無ければ本八幡行のバスを利用しているようだ。


秋山付近


梨香台団地


東松戸病院


本八幡駅〜高塚〜東松戸駅

東松戸駅−福祉センター入口−高塚−住宅入口−市立東松戸病院入口−高塚新田入口−高塚入口−曽谷−貝塚入口−宮久保坂上−宮久保坂下−昭和学院−東菅野広小路−菅野交番−八幡四丁目−京成八幡駅−本八幡駅北口

一応東松戸駅と本八幡駅を結んでいるが、高塚〜本八幡間の区間便が半分以上を占める。高塚付近には松戸駅からもバスが来ているが、こちらのほうが本数が多いため、松戸に出る客は多くないようだ。


高塚

東松戸駅にて


戸ヶ崎線(金町営業所)

松05 松戸駅〜戸ヶ崎操車場

松戸駅西口―松戸本町―根本―松戸車庫―地蔵前―鎌倉―有料橋入口―鷹野五丁目―戸ヶ崎三丁目―天王橋通り―農協支所前―神社前―戸ヶ崎局前―戸ヶ崎十字路―戸ヶ崎操車場

1.歴史

1984年(昭和59年) 4.15 京成バス、戸ケ崎線松戸駅〜戸ヶ崎操車場間を新設。(年報)

2.現況

有料橋を渡り金町営業所管内に乗り入れるため、松戸駅に乗り入れる京成バスの中で唯一系統番号をつけている。松05を名乗っているのは東武バスの三郷〜松戸線と調整したからで、先に開通した東武が松01〜04をつけている。松戸三郷有料道路渡ると埼玉県三郷市で、終点の戸ヶ崎操車場は埼玉県八潮市にある。距離は短いが、2県3市1区をまたがるわけだ。神社前―戸ヶ崎操車場間は埼玉県内なのだが都内均一運賃が適用される。また金町営業所所属のノンステップ車がたまに顔を出す。


戸ヶ崎操車場