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天羽日東バス

1.概要

天羽日東バスは旧日東交通の湊営業所を引き継いだもので、上総湊周辺の路線を担当する。平成14年に日東交通より移管された鹿野山線が敢行路線としての性格を持つが、あとはすべてローカル路線で本数も少ない。またどの路線もここ数年減便が続いている。


2.路線紹介

湊富津線・笹毛線

系統 平日 土曜 休日
上総湊駅〜笹毛〜佐貫町駅〜大貫駅前〜富津銀行前〜富津公園 3 3 3
佐貫町駅前〜大貫駅前〜富津銀行前〜富津公園 5 5 5
笹毛〜佐貫町駅〜大貫駅前〜富津銀行前〜富津公園 1 1 1

1926年(大正15年) 7.5 新舞子自動車商会 佐貫町〜新舞子海岸の路線を開設。(房総の乗合自動車)
1927年(昭和2年) 9.15 新舞子自動車商会 佐貫町〜新舞子海岸間の路線を高良浜まで延長。(房総の乗合自動車)
1928年(昭和3年) 3.20  白井自動車(株) 佐貫町〜大貫〜富津町間の路線を開設。(房総の乗合自動車)
1932年(昭和7年) 7.1  原徳治 木更津〜佐貫町〜湊間の路線を開設。(房総の乗合自動車)
〜1929年(昭和14年)  君津合同自動車(旧君津自動車) 原徳治の木更津〜湊間の路線を吸収する。(房総の乗合自動車)
1943年(昭和18年) 10.28 安房合同自動車(株) 君津合同自動車(株)、新舞子自動車商会を合併する。(房総の乗合自動車)
1944年(昭和19年) 7月  安房合同自動車(株) 日東交通(株)に改称する。(房総の乗合自動車)
1944年(昭和19年) 9.4 日東交通(株) 白井自動車(株)を吸収する。(房総の乗合自動車)
1995年(平成7年) 1.1 日東交通から天羽日東バスに分社化。

上総湊駅から内房線沿いを北上し、富津公園にいたる路線で小型車を使用。全線を通しで走るのは3往復、佐貫町駅〜富津公園間の区間便が5往復、富津公園〜佐貫町駅〜笹毛間が1往復となっている。かつて佐貫町駅〜大貫駅間のルートは国道127号線経由であり、佐貫町から〜笹毛間は笹毛線という別の路線であった。もともと笹毛線は新舞子海水浴場への足として昭和7年に新舞子自動車商会が開設したものである。その後日東交通により吸収され、長らく海岸線沿いの細い道を笹毛まで往復していたのだが、国道127号線が混雑し定時性確保が困難だったためか最近湊富津線が笹毛線を経由することとなり、併せて笹毛〜長浜間が延長されて現在に至る。笹毛は内房線の踏切があるほかは特に何もない。が、何故か富津公園からの折り返し便が1往復設定されている。
 佐貫町駅からは国道465号線を北上し、大貫駅までは内房線とほぼ並行する。大貫の集落と大貫駅が1キロ以上離れているためそれなりの利用があるが、佐貫町までの利用はそれほどなさそうだ。大貫から北は国道とは名ばかりの貧弱な道を行く。篠部や川名といった富津岬の南部の集落から大貫駅までの利用があるようだが、富津公園からの利用はないらしい。木更津までの路線が頻発しているからやむをえないが、筆者が富津公園入口で待っていたところ通過されそうになったのには驚いた。


竹岡線

系統 平日 土曜 休日
上総湊駅〜竹岡駅前〜高島別荘 8 6 6
上総湊駅〜竹岡駅前〜高島別荘入口〜東京湾フェリー 3 3 3

大正年間           万歳自動車(笹生万吉) 湊〜竹岡〜萩生間の路線を開設。(富津市史)
1913年(大正2年) ?   笹生万吉 木更津〜上総湊間の路線を北条(館山)まで延長。(房総の乗合自動車)
〜1919年(大正8年)    鉄道の開通とともに路線縮小し、木更津〜北条間を順次廃止。(房総の乗合自動車)
1931年(昭和6年) 11.18 池田友一 湊〜竹岡間の路線を運行開始。(房総の乗合自動車)
〜1939年(昭和14年)   外房遊覧自動車の運行となる。(房総の乗合自動車)
1944年(昭和19年) 11.11 日東交通(株) 外房遊覧自動車を合併し路線を譲り受ける。(房総の乗合自動車)
1995年(平成7年) 1.1 日東交通湊営業所を天羽日東バスに分社化。

海沿いの国道127号線をひたすら走り上総湊と金谷港を結ぶ。富津市史によると、大正年間に萬歳自動車が湊〜竹岡〜萩生(高島別荘入口のひとつ手前)を開設とあるのでこれがルーツであろう。この路線は後に北条、鴨川へと延長されたが鉄道の開通をきっかけに廃止された。その後昭和6年に池田友一が湊〜竹岡間の路線を開設し、戦時統合により誕生した日東交通に引き継がれることとなった。竹岡〜金谷港間の開設年次は不明である。戦後昭和25年に金谷〜湊〜鹿野山間の運行を開始したようなので、この頃までには現在の区間で運行されていたらしい。
 かつては通し便が主体で昭和53年には12往復もあったらしいのだが、その後高島別荘までの区間便が主体となり、平成14年4月の改正では通し便が3往復にまで減ってしまった。高島別荘入口はトンネルを抜けてすぐのところにあり、内房線の車窓から一瞬だけ眺めることができる。


戸面原線

系統 平日 土曜 休日
上総湊駅〜田原〜環駅〜関豊駅〜戸面原ダム 6 5 5
上総湊駅〜田原〜環駅〜関豊駅〜戸面原ダム〜金束駅 2 1 1

1922年(大正11年) 1.3 笹生万吉 湊〜関豊村豊岡間(現関豊駅?)の路線を開設。(房総の乗合自動車)
1929年(昭和4年) ?  笹生万吉 湊〜関豊の現環駅付近から分岐して環村東大和田に至る路線を開設。(房総の乗合自動車)
1930年(昭和5年) ?  笹生万吉 湊〜関豊村豊岡間(現関豊駅?)の路線を1.6km延長(現岩井原付近)。(房総の乗合自動車)
1930年(昭和5年) 7.2 みなと自動車(合) 湊〜関豊間の路線を運行開始。笹生万吉と競合。(房総の乗合自動車)
1935年(昭和10年) 4.11 笹生万吉 みなと自動車より湊〜関豊の路線を譲受。(房総の乗合自動車)
1938年(昭和13年) 9.3 外房遊覧自動車(株) 湊〜関豊線を笹生万吉より譲受このときまでに関豊〜大山(金束付近)まで延長する。(房総の乗合自動車)
1944年(昭和19年) 11.11 日東交通(株) 外房遊覧自動車を合併し路線を譲り受ける。(房総の乗合自動車)
1995年(平成7年) 1.1 日東交通湊営業所を天羽日東バスに分社化。

上総湊駅から内陸部に入る路線。ほとんどが戸面原ダムどまりである。金束駅行は改正のたびに減らされ現在平日2往復、休日1往復と少ない。かつては環駅から旧国道465号線を経由して東大和田、粟倉へ向かう系統や、県道182号線を南下して志駒に至る路線もあったようだ。また、上総湊〜関豊駅間の区間便も存在したらしい。


鹿野山線

系統 平日 土曜 休日
佐貫町駅〜マザー牧場〜神野寺 6 6 6
佐貫町駅〜マザー牧場 0 3 3

1925年(大正14年) 5.24 佐貫自動車商会(小幡勢) 佐貫町駅〜鹿野山間の路線を開設。(房総の乗合自動車)
1943年(昭和18年) 10.28 安房合同自動車(株) 佐貫自動車商会を吸収する。(房総の乗合自動車)
1944年(昭和19年) 7月  安房合同自動車(株) 日東交通(株)に改称する。(房総の乗合自動車)
2002年(平成14年) 4.1 日東交通から天羽日東バスに移管し、佐貫町〜マザー牧場間の区間便を新設。

房総を代表する観光地であるマザー牧場・鹿野山方面に向かうべく山道を駆け上がる路線。内房線との接続を考慮したダイヤになっている。上総湊周辺の路線が平成7年に天羽日東バスに移管された後もこの路線だけ日東交通がそのまま運行を続けていた。しかし平成14年4月に天羽日東に移管されている。長らく平日と休日は同一のダイヤであったが、移管と同時に改正され、平日がやや減便されたほか、休日の一部便がマザー牧場止まりとなってしまった。なお休日はマザー牧場付近で通行規制が行われるため、上りと下りで異なる経路をたどっている。通行規制が行われるのは鹿野山への道が強烈に狭いからで、退避場所以外でのすれ違いは乗用車でも困難である。このような道路に大型車で突っ込んでいくのだから見所満載だ。狭隘路線ファンにはたまらない路線だろう。

なお、君津市史によると昭和6年ごろに君津自動車が木更津〜鹿野山間を2往復していたとあるが、木更津から小糸中島、福岡を経由したのか法木作、佐貫町を経由したのかは不明である。


富津市役所線

系統 平日 土曜 休日
青堀駅〜富津市役所〜大貫駅東口 5 0 0
青堀駅〜下飯野〜富津市役所 2 0 0
大貫駅東口〜三ツ池〜富津市役所 1 0 0

1992年(平成4年) 11.24  大貫駅東口〜富津市役所間の路線を開設(千葉日報)
2002年(平成14年) 4.1 日東交通から天羽日東バスに移管。

青堀駅と大貫駅を結ぶ路線。上総湊にあった市役所が下飯野付近に移転したことを受け、青堀、大貫両駅から市役所への足として開設された。目的が目的なのと沿線に人家が少ないことから土休日運休となる。大貫駅東口の広場はこの路線の開設時に整備されたものである。開設時の本数は区間便を含め8便で、現在とほぼ変わらない。しかし利用状況は芳しくないようで、平成14年4月に天羽日東バスに移管された。現在小型車が運行されている。


マザー牧場線

東京湾フェリー〜マザー牧場

2〜11月の土休日のみ1往復運行される直通便。一応フェリーに連絡する。かつては金谷港から館山まで足を延ばしていたらしいが・・・。

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