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館山日東バス


1.概要

館山日東バスは旧日東交通の館山営業所を引き継いだもので、館山周辺及び金谷以南の内房エリアを担当する。主力は金谷線の館山〜南無谷間で日中40分ごとに運行されるが、他は日に数本のローカル路線である。また館山以北では路線の撤退がすでに大詰めを迎えており、昭和59年には館山から富浦町内に向かう八束線、平成7年には岩井駅発着の富山線、平成14年には鋸南町の保田線、佐久間線が各自治体の直営となり、残る金谷線の南無谷〜金谷港間も平成15年内の廃止が決まってしまった。これにより内房線沿いの路線は完全に分断されることとなる。

館山周辺バス路線図


2.路線紹介

市内線 (旧金谷線)

系統 平日 土曜 休日
館山航空隊〜館山駅〜富浦駅前〜南無谷 16 16 18
館山駅〜富浦駅前〜南無谷 1 1 1
館山航空隊〜館山駅〜富浦駅前〜南無谷〜小浜 6.5 6.5 0

1913年(大正2年) ?   笹生万吉 木更津〜上総湊間の路線を北条(館山)まで延長。(房総の乗合自動車)
〜1919年(大正8年)    鉄道の開通とともに路線縮小し、木更津〜北条間を順次廃止。(房総の乗合自動車)
1923年(大正12年) 7.17 房州自動車(株) 笹生万吉 北条(現館山駅)〜那古〜野房間の路線を開設。(房総の乗合自動車)
1927年(昭和2年) 3.8  房州自動車(株)と安房自動車(株)が合併し、安房合同自動車となる。(房総の乗合自動車)
1928年(昭和3年) 8.8   安房合同自動車 野房〜岩井〜安房勝山〜保田間を開設。(房総の乗合自動車)
1944年(昭和19年) 7月  安房合同自動車(株) 日東交通(株)に改称する。(房総の乗合自動車)
1995年(平成7年) 1.1 日東交通館山営業所を館山日東バスに分社化。
2003年(平成15年) 4.1 館山〜小浜間を4.5往復増便。
2003年(平成15年) 10.1 小浜〜東京湾フェリー間を廃止。路線名を市内線に変更。

海沿いの国道127号を経由し館山と金谷港を結ぶ路線である。戦前は万歳自動車によって運行されたらしいが、戦後は日東交通が運行し、昭和26年7月1日には保田〜館山〜鴨川間が開通した。かつては金谷港から湊富津線に入り上総湊までロングランする便もあったようだ。しかし、時代が進むにつれ館山市以北は減便が進む。『富浦町史』によると昭和57年の段階で南無谷以南15分毎、南無谷以北30分毎、昭和62年の段階で南無谷以南20分毎、南無谷以北40分毎だったのが、平成10年2月25日の改正で南無谷以南30分毎、南無谷以北が毎日6往復、平成13年8月16日の改正で南無谷以南40分毎、南無谷以北2往復で休日運休となってしまった。そしてついに平成15年9月末の運行をもって廃止されてしまった。かつて海水浴のメッカであった内房の凋落により、フェリーからの乗り換え客がほとんどいなくなってしまったことに加え、鋸南、富山町営バスといった代替交通機関の存在、渋滞による遅延が災いしたようだ。
 一方の館山市内を縦断する南無谷〜館山航空隊間は減便されたとはいえ現在もデータイム40分毎と並行する内房線より高頻度で運行されている。また南無谷の一つ先まで行く小浜折り返し便は平日朝夕のみ2往復していたが、平成15年4月の改正で6.5往復と増便された。


安房医師会病院線

系統 平日 土曜 休日
南無谷〜館山駅〜安房医師会病院 2 2 0
館山駅〜安房医師会病院 5 5 0

2000年(平成12年) 5月 館山日東バス 館山駅〜安房医師会病院間の急行便を開設。
2001年(平成13年) 8.16 館山日東バス 南無谷〜安房医師会病院間の系統を新設。

比較的新しい通院路線である。急行運転であり、途中南総文化ホール前と館野農協前にしか停車しない。平成13年8月16日から2往復南無谷まで延長され、通院の便が図られるようになった反面、館山〜病院間の本数はかなり削減されている。


丸線

系統 平日 土曜 休日
館山駅〜那古宿〜丸農協前〜川谷〜大井〜細田 2 2 2
館山駅〜那古宿〜丸農協前〜川谷 5 5 5
館山駅〜那古宿〜三芳病院前〜山名 1 1 1

〜1934年(昭和9年) 渡辺定治 船形〜横峰〜稲都〜石堂、北条〜横峰〜平群の路線を開設。(房総の乗合自動車)
1935年(昭和10年) 2.3 本橋伊助 本間譲と丸共自動車(合)を設立し、渡辺定治の路線も継承。(房総の乗合自動車)
1944年(昭和19年) 11.11 日東交通(株) 丸共自動車を吸収する。(房総の乗合自動車)
1950年(昭和25年) 7月  日東交通 館山駅〜那古〜稲都〜丸川谷線を復活。(三芳村史)
1954年(昭和29年) 11月  大井まで延長。大井車庫が設置される。(丸山町史)
1956年(昭和31年) 5.1  一部便を山名まで延長。(三芳村史)
1966年(昭和41年) 4月 細田まで延長。(丸山町史)
1991年(平成3年) 10.1 館山市、丸山町、三芳村による廃止代替バスとなる。(千葉日報)
1995年(平成7年) 1.1 日東交通館山営業所を館山日東バスに分社化。

館山駅から那古を経由して丸山町内へ北上する路線で、そのルーツは昭和9年ごろに渡辺定治が開設した舟形駅〜石堂線である。その後昭和10年2月に丸共自動車合資会社に継続され、戦時下の燃料不足のため昭和18年に休止された。戦後になると日東交通が昭和25年に館山駅〜丸川谷線として復活させ、昭和29年12月に大井まで延長、昭和31年5月1日に一部便が山名まで延長、41年には細田まで延長され現在に至っている。一時期大井に車庫が置かれ、乗務員が駐在したらしい。現在は自治体代替バスとなり、小型車が使用されている。館山〜川谷間がメインで、細田まで足を伸ばす便が2往復、山名までが1往復となっている。ちなみに山名へ足を延ばすのは館山から夕方に出る一便と、山名から早朝に出る便のみである。山名から帰りの足はまったくないのでタクシーが必要である。
 細田方面の便は川谷で乗務員の交代を行う。特に詰め所があるわけではなく、乗務員が軽自動車で乗り付けているようだ。なお市場以北は丸山町営バスの千歳駅〜大井細田線と並行する。


千倉線

系統 平日 土曜 休日
館山駅〜南総文化ホール前〜九重駅前通り〜千倉駅入口〜平館車庫 6 6 6

1927年(昭和2年) ?  本橋伊助 北条〜南三原間の路線を開設。(房総の乗合自動車)
1929年(昭和4年) ?  本橋伊助 九重〜牧田(千倉駅付近)の路線を開設。(房総の乗合自動車)
1935年(昭和10年) 2.3 本橋伊助 本間譲と丸共自動車(合)を設立し、渡辺定治の路線も継承。(房総の乗合自動車)
1944年(昭和19年) 11.11 日東交通(株) 丸共自動車を吸収する。(房総の乗合自動車)
1995年(平成7年) 1.1 日東交通館山営業所を館山日東バスに分社化。

内房線に沿って館山駅と千倉を結ぶ路線。千倉駅の南にある平館車庫が終点となる。車庫といっても何もないのだが、かつてはここから川谷、南三原方面に路線が延びていたので、大昔は車庫機能があったようだ。


和田線

系統 平日 土曜 休日
館山駅〜南総文化ホール前〜九重駅入口〜古川〜お花畑 4 4 4
館山駅〜南総文化ホール前〜九重駅入口〜古川 2 2 2

1918年(大正7年) 1.23 笹生万吉(万歳館自動車部) 北条(館山)〜鴨川間の路線を開設。(房総の乗合自動車)
1921年(大正10年) 4月 鉄道の太海〜鴨川間開通により廃止。(房総の乗合自動車)
1927年(昭和2年) ?  本橋伊助 北条〜南三原間の路線を開設。(房総の乗合自動車)
1935年(昭和10年) 2.3 本橋伊助 本間譲と丸共自動車(合)を設立し、渡辺定治の路線も継承。(房総の乗合自動車)
1944年(昭和19年) 11.11 日東交通(株) 丸共自動車を吸収する。(房総の乗合自動車)
1951年(昭和26年)  ? 日東交通 館山〜鴨川役場間を復活?(鴨川市史年表)
1952年(昭和27年) 6月 日東交通 館山〜鴨川間の運行を開始? (和田町史)
1994年(平成6年) 3.16 日東交通 館山〜鴨川線をお花畑で分断。
1995年(平成7年) 1.1 日東交通館山営業所を館山日東バスに分社化。

もともと国道128号線を経由して館山と鴨川を結ぶ路線であったが、平成6年3月16日にお花畑で分割された。分断前は館山〜鴨川間10往復だったのが大幅に減便されて現在に至っている。なお、お花畑での乗換えはあまり考慮されていない。館山〜鴨川間の運行になったのは昭和26年と27年6月の二説ある。戦前については館山〜南三原までの運行を確認しているが、鴨川までの路線の有無は確認できなかった。海沿いを走行し、景色のよい路線だが、太海興津線に比べるとそれほど起伏に乏しくない。


平群線

系統 平日 土曜 休日
館山駅〜那古宿〜大畑〜平群車庫 3 3 3
館山駅〜那古宿〜平群車庫 1 1 1
館山駅〜府中〜大畑〜平群車庫 1 1 1

1926年(大正15年)ごろ 渡辺定治 船形〜横峰〜稲都〜石堂、北条〜横峰〜平群の路線を開設。(三芳村史)
1935年(昭和10年) 2.3 本橋伊助 本間譲と丸共自動車(合)を設立し、渡辺定治の路線も継承。(房総の乗合自動車)
1944年(昭和19年) 11.11 日東交通(株) 丸共自動車を吸収する。(房総の乗合自動車)
〜1952年(昭和27年)   館山〜横峰〜不寝見川〜平群〜外野〜金束間の運行となる。(富山町史)
1956年(昭和31年) 12.22 横峰〜土沢間が平久里川沿いから現県道経由に変更される。(三芳村史)
1959年(昭和34年) 1.1 天神郷〜瀬波戸間延長。(富山町史)
1961年(昭和36年) 7.10 瀬波戸〜荒川峠間延長。(富山町史)
1961年(昭和36年) 12.26 瀬波戸〜山田間延長。(富山町史)
1961年(昭和36年) 7.10 瀬波戸〜荒川峠間延長。(富山町史)
1969年(昭和44年) 5.1 一部便を大畑まで延長。(三芳村史)
1973年(昭和48年) 7.1 関沢(現坂田建築付近)〜大山(現金束駅)を廃止。(富山町史)
1975年(昭和50年) 4.1 関沢〜農協間廃止。(富山町史)
1989年(平成元年) 10.1 館山〜荒川間廃止代替。(富山町史)
1995年(平成7年) 1.1 日東交通館山営業所を館山日東バスに分社化。
1997年(平成9年) 10.1 富山町営バス開業に伴い平群車庫〜荒川間を廃止。

館山駅から北上して富山町東部の平群にいたる路線。かつては平群車庫からさらに北上して山田・荒川・金束方面まで足を伸ばしていたが、末期は館山〜平群〜荒川間の運行となり、平成9年には現在は富山町営バスに平群〜荒川間を任せ短縮されている。また現在1往復だけ那古宿ではなく府中経由便が運行されているが、大正15年に安房自動車が館山〜平群間を開通させた当時はこちらのルートであった。


北三原線

系統 平日 土曜 休日
南三原駅〜北三原小前〜小向ダム〜上三原 3 3 3
南三原駅〜福祉センター〜北三原小前〜小向ダム〜上三原 2 2 2

1927年(昭和2年) ?  本橋伊助 南三原〜北三原間の路線を開設。(房総の乗合自動車)
1935年(昭和10年) 2.3 本橋伊助 本間譲と丸共自動車(合)を設立し、渡辺定治の路線も継承。(房総の乗合自動車)
1944年(昭和19年) 11.11 日東交通(株) 丸共自動車を吸収する。(房総の乗合自動車)
戦時・戦後まもなくは運行を休止。
1956年(昭和31年) 10月 日東交通 南三原駅〜上三原間の運行を開始。(和田町史)
1962年(昭和37年) 4月  上三原〜古畑間を延長。(和田町史)
1971年(昭和46年) 10月 上三原〜古畑間を廃止。(和田町史)
1982年(昭和57年) 8月  南三原小以北が自由乗降区間となる。(和田町史)
1983年(昭和58年) 4月 和田町廃止代替。(和田町史)
1995年(平成7年) 1.1 日東交通館山営業所を館山日東バスに分社化。
1998年(平成10年) 8.1 福祉センターに2往復乗り入れ開始。

南三原駅から和田町内を三原川に沿って北上し上三原にいたる路線。一部狭隘区間があるが、拡幅工事が進んでいる。昭和2年に本橋伊助が開設し、その後紆余曲折を経ていったん休止され、戦後日東交通により昭和31年10月に再び開設された。昭和37年4月には上三原のさらに北にある古畑まで延長されたが、昭和46年10月に上三原までに短縮されている。また昭和40年代には上三原〜古畑〜川谷という路線があったようだが、北三原を経て南三原駅まで出ていたかどうかははっきりしない。また南三原から平館まで路線があった時期もあるのだが、この路線が乗り入れたかどうかは不明である。本数はかなり長い間5往復のままで、現在はそのうち2往復が福祉センターを経由する。


外房急行線

系統(JRと合算) 平日 土曜 休日
安房白浜〜南三原駅前〜〜鴨川シーワールド〜亀田病院 2 2 0

1991年(平成3年) 3.10 運行開始。(千葉日報)
1995年(平成7年) 1.1 日東交通館山営業所を館山日東バスに分社化。

平成3年運行開始。JRバス関東との共同運行で、平日土曜のみ2往復する。


廃止路線

保田線

保田駅〜金束

1918年(大正7年)ごろ ?  笹生万吉(→万歳館自動車) 保田〜鴨川間の路線を開設。(房総の乗合自動車)
1919年(大正8年)ごろ 5月 開港社(後の安房自動車株式会社) 保田〜鴨川間の路線を開設?(房総の乗合自動車)
1928年(昭和3年) 7.28  三日月自動車(合) 万歳館自動車より路線を譲り受け。(房総の乗合自動車)
1932年(昭和7年) 8.30  外房遊覧自動車(株)設立。三日月自動車(合)より鴨川〜保田、太海〜興津、天津〜清澄間を継承。(房総の乗合自動車)
1944年(昭和19年) 11.11 日東交通(株) 外房遊覧自動車を合併し路線を譲り受ける。(房総の乗合自動車)
1951年(昭和26年) 7.1  日東交通 保田〜鴨川間運行再開。(鋸南町史)
1995年(平成7年) 1.1 日東交通館山営業所を館山日東バスに分社化。
2002年(平成14年) 1.1 保田線、佐久間線を廃止し、鋸南町営バスとして再編する。

内房と外房を連絡する路線として開業し、保田〜金束〜鴨川間を運行した。フェリー連絡のため金谷港まで乗り入れていた時期もある。しかしモータリゼーションの進展や鉄道の利便性向上により内外房連絡路線としての役割は低下し、全便金束での折り返しとなった。そして平成13年末を持って廃止となり、鋸南町営バスによる大崩を始発とする循環路線として再編された。宙に浮いた湯沢〜金束間は鴨川日東バスの湯沢線として存続した。


佐久間線

保田駅〜安房勝山駅〜奥山

1929年(昭和4年) 7.1   山口佐平 安房勝山〜佐久間村役場間の路線を開設。(房総の乗合自動車)
1932年(昭和7年) 5月   前田玄 安房勝山〜佐久間村役場間の路線を山口佐平より譲受。(鋸南町史)
1943年(昭和18年) 10.28 安房合同自動車(株) 前田玄より路線を譲受。(房総の乗合自動車)
1944年(昭和19年) 7月  安房合同自動車(株) 日東交通(株)に改称する。(房総の乗合自動車)
1947年(昭和22年)     日東交通 安房勝山駅〜森間の運行を再開。昭和28年以降に川又まで延長。(鋸南町史)
1958年(昭和33年) 2.11 安房勝山駅〜奥山まで開通。(鋸南町史)
1987年(昭和62年) 10.1 安房勝山駅〜保田駅間を延長。大崩までの乗り入れ開始。(鋸南町史現代編)
1995年(平成7年) 1.1 日東交通館山営業所を館山日東バスに分社化。
2002年(平成14年) 1.1 保田線、佐久間線を廃止し、鋸南町営バスとして再編する。

昭和22年開通。安房勝山駅と佐久間方面を結ぶ。昭和62年に廃止代替された際、町内の主要施設への便を考慮し保田駅まで延長され、あわせて大崩まで乗り入れも開始された。平成14年1月1日には保田線と同じく廃止され、鋸南町営バスとして再出発した。


富山線

中央公民館〜岩井駅〜平群〜山田
中央公民館〜川上青年館

1919年(大正8年)〜1926年(大正15年) 安房合同自動車(株) 岩井〜平群間の路線を開設?(房総の乗合自動車)
1944年(昭和19年) 7月  安房合同自動車(株) 日東交通(株)に改称する。(房総の乗合自動車)
〜1952年(昭和27年)   岩井〜平群を復活。(富山町史)
1959年(昭和34年) 1.1 天神郷〜瀬波戸間延長。(富山町史)
1961年(昭和36年) 12.26 瀬波戸〜山田間と岩井〜久枝〜井野間を延長。(富山町史)
1967年(昭和42年) 9.1 井野〜川上間延長。(富山町史)
1971年(昭和46年) 12.19 井野〜川上間を廃止。(富山町史)
1986年(昭和61年) 10.1 井野〜久枝間を廃止。(富山町史)
1987年(昭和62年) 10.1 岩井〜山田間廃止代替。(富山町史)
1989年(平成元年) 7.1 中央公民館〜川上青年館線を新設。(富山町史)
1997年(平成9年) 10.1 富山町営バス開業に伴い廃止。

岩井駅から山間部に入る路線で、岩井駅を中心とするコの字型の運行であった。北側の岩井〜井野間は一度廃止されたものの、平成元年に一往復ではあるが川上まで復活し、以降山田、川上系統とも岩井駅の北にある中央公民館を起点とする運行形態となった。現在は富山町営バスがほぼ同一の経路を運行している。

八束線

館山駅〜那古海岸〜八束〜大津

昭和30年代 運行開始
1984年(昭和59年) 11月 富浦町営バスとなり、大半津〜館山間廃止。

現在の富浦町営バスの基幹部分で、開通年次は昭和30年代。那古〜館山間の経路は金谷線と異なり海沿いの那古海岸経由だった。


平館〜川谷線

平館〜千歳駅〜古川〜川谷
平館〜千歳駅〜古川〜南三原
川谷〜市場〜南三原〜北三原〜上三原

1927年(昭和2年) 5.2  安房合同自動車 南三原〜川谷間の路線を開設。(房総の乗合自動車)
1931年(昭和6年) 2月  安房合同自動車 南三原〜千倉駅間を開設。(房総の乗合自動車)
1944年(昭和19年) 7月  安房合同自動車(株) 日東交通(株)に改称する。(房総の乗合自動車) 
1953年(昭和28年) 3月 日東交通 川谷〜千倉駅、千倉駅〜南三原駅線を開設。(丸山町史)
〜昭和31年 千倉〜平館車庫まで延長。(丸山町史)
1971年(昭和46年) 3月 運行休止。(丸山町史)
1972年(昭和47年) 6月 廃止。(丸山町史)

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