松戸新京成バス 松戸市南部


1.概要

 新京成電鉄は京成電鉄の関連会社である。松戸から京成津田沼までの電車線のほか、松戸市、船橋市を中心に路線バスを運行している。新京成電鉄が松戸まで開通したのが昭和30年(1955年)、路線バスについては鉄道が全通するまでのつなぎとして運行された鎌ヶ谷大仏〜松戸駅間の路線が最も古いもので、昭和24年1月21日の開通である。それほど歴史があるわけではないが、営業エリアの人口が急増したことにより急成長を遂げ、分社直前の車両の保有台数は京成に次いで第二位であった。しかし平成15年10月よりバス部門は分社化され鎌ヶ谷営業所が船橋新京成バス、習志野車庫が習志野新京成バス、松戸営業所が松戸新京成バスとなった。現在松戸市内を走る系統は比較的短距離の団地路線が多く、駅と駅を結ぶ系統の利用状況は馬橋駅入口〜常盤平駅間を除きあまり良くない。

 まずここでは主に松戸市の南部を走る路線について紹介する。松戸市内は松戸新京成バスが担当し、乗降方法は前乗り運賃先払いである。運賃が途中で変わるので、あらかじめ運転手に行先を告げてから料金を払わなければならない。両替の必要はなく、1000円札をいれるとおつりが返ってくる。バス共通カードを使用する場合は行先を言わないと一番高い運賃が引かれてしまうため、注意が必要だ。なお、廃止された系統・路線は新京成バス廃止路線にまとめて掲載した。


松戸駅東口のバス乗り場


2.路線紹介

松戸循環線(工業団地・紙敷車庫方面)

・現在の系統
松7 松戸駅〜工業団地〜紙敷車庫
松8 松戸駅〜如来堂〜紙敷車庫
松9 松戸駅〜工業団地〜如来堂〜松戸駅
松10 松戸駅〜如来堂〜工業団地〜松戸駅
松14 松戸駅〜工業団地〜東松戸駅
・廃止された系統 
松3 松戸駅〜工業団地〜日枝神社(平成12年8月廃止)
松4 松戸駅〜工業団地〜日枝神社〜北松戸駅〜松戸駅(平成12年8月廃止)
松5 松戸駅〜工業団地〜紙敷車庫〜五香駅(平成12年8月廃止)
松13 松戸駅〜工業団地〜東部スポーツパーク(平成3年廃止) など
廃止された系統はこちらを参照のこと

1960年(昭和35年) 3.31 松戸循環線松戸〜〜和名ケ谷〜稔台〜北松戸〜松戸間を開業。(広報まつど)
1965年(昭和40年) 8.23 松戸循環線松戸〜工業団地〜和名ケ谷〜松戸間を開業。(松戸市政要覧) 
1974年(昭和49年) 9.9  和名ケ谷中台〜日枝神社間を延長。和名ヶ谷中台折り返し便が日枝神社に乗り入れる。(広報まつど)
1980年(昭和55年) 3   松戸駅〜工業団地〜松戸車庫(現紙敷車庫)〜五香線、松戸駅〜工業団地〜紙敷車庫線、五香駅〜紙敷車庫線を開業。(広報まつど)
1982年(昭和57年) 12.15 紙敷車庫〜如来堂〜松戸駅線を新設。(年報)
1985年(昭和60年) 9.16  松戸駅〜東部支所間を新設。(年報)
1998年(平成10年) 3.14  武蔵野線東松戸駅開業に伴い駅前広場へ乗り入れ開始。松戸駅〜東松戸駅間の運行を開始?(年報)
2000年(平成12年) 8.15 松戸駅〜日枝神社、松戸駅〜日枝神社〜北松戸駅〜松戸駅、松戸駅〜五香駅間の系統を廃止。

 松戸循環線は昭和35年に市の助成金を受けて運行開始となった。ルートの変遷は以下の通りである。

1.開通当時


昭和35年4月15日発行の「広報まつど」によると、和名ヶ谷先回りと北松戸駅先回りが6時から20時まで16本ずつ走っていた。
料金は全線15円、短距離は10円だった。
2.昭和43年ごろ

稔台工業団地の造成を受け、松戸循環線が工業団地内に乗り入れるようになった。また昭和42年に市立病院が完成したことを受け、松戸駅〜私立病院線も運行開始となった。

左図は昭和43年の松戸市統計書をもとに作成した。本数によって太さに差をつけている。開通当時のルートである松戸〜和名ヶ谷〜市立病院〜北松戸〜松戸間の循環系統はこの時点ですでに1本となってしまっていた。片道1本なのか往復1本なのかは判断できなかったが、おそらく前者であろう。

工業団地乗り入れ当時のルートは不明な点が多い。しかし松戸市政要覧などの地図を見る限り、黒線で示した工業団地前経由で運行されていた可能性が最も高いと思われる。また地図によっては工業団地に入らず産業道路をそのまま北上して稔台駅前に出るルートもあったらしい。小野十字路停留所の存在自体は確かだが、いつ頃無くなったのかはっきりしない。
3.平成11年ごろ

昭和43年以降、昭和47年の市立病院〜県立松高前間の新設、昭和49年の和名ヶ谷中台〜日枝神社間の新設、昭和55年の紙敷車庫開設と松戸〜五香線の運行開始、昭和57年の松戸〜如来堂〜紙敷車庫線の新設、昭和61年の松戸〜東部支所間の新設どの出来事があった。東部支所系統は現在の東松戸駅折返し便の前身で、東松戸より先の高塚で左折し、東部支所に向かっていた。その後東部支所の近くの東部スポーツパーク折り返しとなったが、北総線2期区間の開通の数年後に東松戸駅折り返しに短縮されている。

なお、図に示したのは平成11年ごろの運行形態である。
4.平成12年8月16日〜

平成12年8月16日の大改編囲碁の運行形態である。日枝神社折返し便や松戸〜五香間の通し便のほか、和名ヶ谷、日枝神社、市立病院経由の大循環線も廃止された。その一方で東松戸駅折り返し便が大幅に増便され、ほぼデータイム20分間隔となった。東松戸駅折り返し便は改正のたびに本数が増えていたが、平成12年8月の改正では廃止された日枝神社折り返し便や減便された紙敷車庫行の分も吸収したと言えよう。

  メインの松戸駅〜紙敷車庫系統はもともと昭和55年に開通した松戸駅〜五香駅間の区間便的存在であった。しかし松戸〜五香線が平成12年8月16日のダイヤ改正で廃止されたことにより、紙敷車庫を境に完全に分断された形となった。通し便の本数も少なく、紙敷車庫をまたがる客も少なかったであろうから廃止はやむを得ないであろう。
 松戸〜富士見台間は野菊野団地方面の系統と並行する。この区間は岩瀬十字路から一本松までの間がかなり急な上り坂で、本数が多く乗客も多い。しかしいかんせん渋滞が激しく定時運行の大きな妨げとなっている。富士見台から稔台工業団地を経由して武蔵野線の下をくぐり、紙敷車庫へ向かう。京成分譲地付近の十字路で東松戸駅方面行とわかれる。紙敷車庫は松戸市のほぼ中心部にあり、隣りには八柱霊園がある。緑に囲まれた広大な車庫であるが、隣りが霊園なだけに、怪談話の一つぐらいありそうである。
  紙敷車庫へは工業団地を経由せず、工業団地の南側の坂の多い曲がりくねった道を行く系統も若干運行されている。松戸駅から和名ケ谷までのルートは松戸循環線開業時のルートである。沿線は緑が多く、それほど人家が密集していないので本数が少ない。稔台十字路で工業団地からの系統と合流して紙敷車庫へと向かう。

 松9番と松10番は工業団地と和名ケ谷を経由する循環系統である。如来堂を経由する唯一の系統であったが、紙敷車庫行ができたため、現在の本数は両方合わせても1時間に1本あるかないかである。
 最後にここ最近増便傾向にある。松戸駅〜東松戸系統は北総開発鉄道の東松戸駅が開業してから設定された系統で、それ以前はこの駅に近い東部スポーツパークというところで折り返していた。別に松戸から東部スポーツパークまでバスを走らせる需要があったわけではなく、単に折り返しの都合で足を延ばしていたのだろう。スポーツがしたければ松戸駅前の中央公園か北松戸の運動公園に行けばいいので、わざわざ松戸から遠い東部スポーツパークまで行く理由が無いからだ。また東部スポーツパークのある高塚周辺は京成の高塚線も経由しているため、新京成バスの需要はさらに少なく、本数も少なかった。
 北総線開業当初の東松戸駅は武蔵野線と交差しているにもかかわらず武蔵野線側に駅が無かったが、住民や市の請願により最近ようやく武蔵野線にもホームが作られ、晴れて乗換駅となった。徐々にではあるが駅前が開発され、改正のたびに本数が増え、平成13年3月現在でデータイム約20分間隔である。ただし平成12年4月1日の改正ではダイヤ改正で休日の本数がかなり削減された。それまで1時間に1本程度あった本数が休日に限りかなり減ってしまった。しかし数ヶ月後の平成12年8月16日のダイヤ改正では大幅に増発され、1時間に3〜4本となった。この増加分は単純な増発分に加え、廃止になった日枝神社行や五香駅行の分も含まれているのだろう。
東松戸駅前はまだまばらにしか建物が無いが、コンビニとマクドナルドはあるので、そのうちスーパーなども誘致されてくるだろう。ただし駅の東側の区画整理は遅々として進まず、開発の是非をめぐって市議会でも問題になっている。


 松戸循環線(三矢小台・野菊野方面)

松1 松戸駅東口〜野菊野団地〜三矢小台
松2 松戸駅東口〜野菊野団地

・歴史

1969年(昭和44年) 5.8 三矢小台線松戸駅〜富士見台〜三井住宅入口〜三矢小台〜中矢切〜三井住宅入口〜松戸駅間を開業。(広報まつど)
1975年(昭和50年) 7.7 野菊野線松戸駅〜野菊野団地間を開業。(50年史)
1979年(昭和54年) 7.? 三矢小台線のルートを変更し、野菊野団地経由とする。(広報まつど)
1993年(平成5年) 6.16 松戸駅〜三矢小台間に深夜バスを運行。(50年史)

松戸循環線の開通そのものは昭和35年3月であるが、三矢小台まで乗り入れる系統が開通したのは昭和44年5月8日、野菊野団地方面に向かう便が開通したのは昭和50年4月のことである。当時三矢小台方面行きの系統は野菊野団地手前で曲がらずに直進し、中矢切付近を循環し松戸駅まで戻ってきており、路線名も三矢小台線、野菊野線というように松戸循環線とは別になっていた。開通当時の停留所は「広報まつど」によれば以下のようになっていた。

松戸駅−岩瀬十字路−岩瀬−一本松−胡録台−富士見台−総合市場前−三井住宅前−病院入口−三矢小台−中矢切−上矢切−浅間台−二中前−三井住宅入口〜(中略)〜松戸駅

ちなみに運行開始当時(昭和44年5月8日)の松戸発の時刻表は以下の通りである。

  平土休
7 29 47
8 +08 +25
9 13 27 51
10 05 +29 +43
11  
12 09 27 47
13 05
14 27
15 05 +43
16 55
17 33
18 +11
19 45
20 23
+印−三矢小台止まり

 野菊野団地止まりの系統が昭和50年代に新設されてからは三矢小台を経由する系統も野菊野団地に乗り入れるようになったが、しばらく三矢小台から中矢切を循環する系統が残っていたようだ。いつごろ今のような運行形態になったのかは分からない。

 現在三矢小台団地行の系統は住宅地の間を走るだけあって松戸駅東口の発着便の中で最も本数が多い。松戸を出ると急坂を一気に上り、岩瀬で国道6号線を渡る。富士見台で紙敷車庫方面とわかれ、坂を下って野菊野団地の中へと入る。野菊野団地の名称の由来はおそらく松戸市内にある「野菊の墓」に由来するのであろう。ここで折り返し便が設定されているが、ここ数年折り返し便の本数は減りつつある。野菊野団地から先は一部区間で京成バスと並行するが停留所が無い。梨元町から独自の区間となる。あまり知られていないが松戸市は二十世紀梨発祥の地であり、市内には観光梨園が多い。二十世紀ヶ丘の地名はそれにちなんでいる。このあたりは新しい住宅街で、道路が良く整備されている。終点の三矢小台はこのあたりの地名にちなんだもので、この地名は隣接する「上矢切」「中矢切」「下矢切」「小山」をくっつけ、最後に台をつけたものである。なお三矢小台のバス停は、京成バスの上矢切バス停に近い。
 
 ちなみにこの路線は平成5年6月16日より深夜バスが運行されている。


野菊野団地。折り返しのバス以外ここには入らない。


 松高線

松12 松戸駅東口〜北松戸駅〜県立松高前
北松1 北松戸駅〜県立松高前

1967年(昭和42年) 9.25? 市立病院線松戸〜市立病院間を開業。和名ケ谷経由も1本だけあった。(広報まつど215号・市政要覧では43年同日)
1972年(昭和47年) 6.26  松高線北松戸〜県立松高前間を開業。松戸〜市立病院線を県立松高前まで延長。(50年史)
1999年(平成11年) 10.12  松高線松戸駅〜北松戸駅〜県立松高前間にノンステップバス運行開始。

 北松戸駅と県立松戸高校の間がメインだが、昼間だけ買い物客などを目当てに松戸駅まで乗り入れてくる。もともとは松戸駅と市立病院を結ぶ路線であったが、北松戸付近の宅地化が進んだことや県立松戸高校があることなどから延長され、現在に至っている。
 
 常磐線の東側は丘陵地帯でアップダウンがかなりある。北松戸駅から市立病院までは徒歩10分程度なのだが、だらだらとした上り坂が続くので自転車でも歩きでも少々きつい。市立病院の前で左折したバスは、送電線つきの片側2車線の広い道を運動公園に向かって下っていく。運動公園は広い敷地内に陸上競技場、ナイター設備つきの野球場、体育館、プールなどを有する総合体育施設である。ここからまた上り坂となり、県立松戸高校のの手前で曲がり、校門の前の折り返し場に到着する。この片側2車線の広い道路は高校の先で切れていたが、今年になって八ヶ崎、馬橋方面へのトンネルが開通して便利になった。

 北松戸駅から松戸駅までは常磐線に並行する。しばらくは国道6号線を走るが、国道6号線は松戸駅からは離れていくため途中で分かれて線路沿いの道に入る。この道は旧水戸街道で、かつては常磐線の線路を横切り西口方面に伸びていたが、複々線化の完成により分断されてしまった。松戸駅の手前で小高い丘に上り、市役所の脇をかすめ終点の松戸駅東口に到着する。
 北松戸駅から松戸駅までの電車は日中12分間隔と少なく、バスと電車の接続が悪ければ北松戸で降りずに松戸まで乗りとおしたほうが良い。渋滞もそれほどひどくないので北松戸で降りず松戸まで乗りとおす客はかなり多い。
市立病院があるだけに、今年新京成バスでは2台目となるノンステップバスが導入された。


ノンステップバス 北松戸駅前にて

市立病院線開業当時の時刻表 『広報まつど』 昭和42年9月25日号所収

松戸駅東口発   市立病院発
  7  
53 36 08 和経04 8 19 和経33 51
47 23 08 9 30 45
51 35 18 02 10 01 18 34 51
41 08 11 北07 24 56
56 22 北00 12 06 39
28 13 12 59
47 15 14 31 41
53 43 34 20 00 15 03 17 36 50
44 16 28
16 17 00 32
和経−和名ヶ谷経由 18 和経−和名ヶ谷経由
北−北松戸駅発 19 北−北松戸駅行


松戸駅東口
岩瀬十字路
市役所入口
職安前
竹ケ花
花島
上本郷一丁目
上本郷二丁目
北松戸駅入口
北松戸駅前
明治神社前
市立病院

 八柱線

八柱4 八柱駅〜紙敷車庫
八柱7 八柱駅〜東松戸駅
紙敷1 紙敷車庫〜東松戸駅


・廃止系統
八柱3 八柱駅〜東松戸駅〜市立東松戸病院 2004年3月16日廃止

1955年(昭和30年) 7.10 八柱線鎌ヶ谷大仏〜五香駅〜八柱駅、八柱駅〜高塚〜鎌ヶ谷大仏、八柱駅〜高塚〜八柱駅間を開業。(30年史)
1985年(昭和60年) 7.29 八柱駅〜東部支所、北松戸駅〜東部支所間を新設。(年報)
1995年(平成7年) 3.31  八柱線の高塚〜東部スポーツパーク間を廃止し、高塚〜市立東松戸病院間を新設。八柱駅〜東松戸病院線の運行を開始。(Ciao) 
1998年(平成10年) 3.14 武蔵野線東松戸駅開業に伴い駅前広場へ乗り入れ開始。八柱駅〜東松戸駅間の運行を開始?(年報) 
2000年(平成12年) 8.16 紙敷車庫〜東松戸間を新設
2004年(平成16年) 3.16 八柱駅〜東松戸駅〜東松戸病院系統を廃止。

 八柱駅からひたすら南下する系統。八柱霊園を経由するのでシーズン中は混雑するが、狭隘区間があるため最近は中型車が主として使われるようになっており、さらに平成12年8月の改正では若干減便されている。八柱霊園へは京成バスが松戸駅から路線を運行していたが、今はなくなってしまった。八柱霊園周辺には石材店や茶店などが軒を連ね、独特の雰囲気をかもし出している。八柱霊園の停留所には屋根つきの立派な待合所があり、路線バス全盛期の面影を偲ばせる。八柱霊園から先は狭い道に分け入り、河原塚からは貧弱な県道に合流し、八柱霊園の脇を曲がりくねりながら下っていく。この区間はバス停の間隔が狭い。武蔵野線の高架をくぐると交差点があり、松戸から五香駅・紙敷車庫方面に向かう系統と交差する、ここで紙敷車庫行が左折し、松戸駅発の東松戸行が合流する。東松戸方面はこのまま南下する。東松戸駅から先は市立東松戸病院まで伸びていたが、平成16年3月16日付で廃止された。もともと本数が2時間に1本程度と少なかったのと、京成バスの本八幡駅行が1時間に2本程度出ており、同じ経路をたどっているのでそれほどの影響はないだろう。
 東松戸駅〜紙敷車庫系統は平成12年8月の改正で松戸駅〜東松戸線が大幅に増便され、八柱駅〜紙敷車庫線が減便されたことにともない新設された出入庫系統である。途中停留所は栗子橋の一つしかない。路線明は不明だが、乗り場が八柱線の東松戸病院行と同じなので、八柱線の支線扱いなのかもしれない。
  
 昭和31年の段階では鎌ヶ谷大仏〜八柱駅間が1日1往復、八柱駅〜高塚間が8往復、八柱駅〜大町間が6往復、八柱駅〜八柱霊園間が9往復である。八柱駅〜八柱霊園間は全部で24往復あったことになり、当時の新京成バスの中で2番目に本数が多い。また、八柱駅だけでなく北松戸駅から八柱霊園、紙敷方面に向かう系統も存在した。北松戸には競輪場があるので競輪客を目当てにしたのかもしれないが、本数は少ないまま推移し、末期には北松戸駅から東部スポーツパークまでの片道1本だった。これも平成に入って廃止されている。


東松戸駅で発車を待つ八柱行きバス


紙敷1の側面方向幕。妙な幕である。

  路線バス夢紀行 八柱駅〜東松戸駅


 牧の原団地線

常2 常盤平駅〜牧の原団地
八柱1 八柱駅〜牧の原団地

1975年(昭和50年) 7.7  牧の原団地線常盤平駅〜牧の原団地間を開業。(50年史)
1980年(昭和55年) 3   八柱駅〜牧の原団地線、八柱駅〜常盤平線を開業。(広報まつど)
1998年(平成10年) 10.12 千葉県初のノンステップバスを八柱駅〜牧の原団地線で導入。(会社要覧)
2000年(平成12年) 8.15 八柱駅〜常盤平駅間の系統を廃止。

 公団牧の原団地へ向かう系統で、常盤平駅と八柱駅からバスが出ている。牧の原団地の完成とともに昭和50年7月に常盤平駅〜牧の原団地間の運行を開始している。八柱駅発の系統は昭和55年3月開業と新しいが、常盤平駅発より本数がかなり多い。八柱駅のほうが東京に近い上、武蔵野線が開通し、船橋・津田沼方面に出る場合新京成線経由より相当速く行けるようになってしまったことが大きい。本数は少ないが京葉線直通の東京行もあるので運が良ければ松戸から常磐線に乗るよりも速い。かつてはこのあたりの中心であった常盤平も、現在はその地位を八柱に明け渡しつつあるようだ。

 常盤平駅の周辺には公団常盤平団地が広がる。昭和36年頃に開発された公団初期の大規模団地である。メインストリートの並木道は大変美しく、「日本の道百選」にも選ばれた。しかし上記の理由で常盤平駅行の本数は少ない。かつては交通の要衝であった常盤平駅には、京成バスの松戸〜下総航空基地・白井方面のバスや、新京成バスの五香駅行のバスが南口までやってきていたが、現在はこの系統しか残っていない。なお、平成12年8月まで八柱2 常盤平駅〜八柱駅線という系統が残っていたがダイヤ改正により廃止された。牧の原団地線なのに団地を経由しないという不思議な系統で昭和55年3月の八柱駅〜牧の原団地線と同時に開業したものであった。


 松飛台線

五1 五香駅西口〜紙敷車庫
五6 五香駅西口〜松飛台駅


・廃止系統
五2 松飛台循環 2004年3月16日廃止

1966年(昭和41年) 3.16 松飛台循環線五香駅〜松飛台工業団地間を開業。(広報まつどによる。50年史では4月5日)
1976年(昭和51年) 5.21 市立松戸高校入口(現松飛台駅入口)停留所を新設。松飛台循環線の一部が乗り入れる。(広報まつど)
1980年(昭和55年) 3   松戸駅〜工業団地〜松戸車庫(現紙敷車庫)〜五香線、松戸駅〜工業団地〜紙敷車庫線、五香駅〜紙敷車庫線を開業。(広報まつど)
2000年(平成12年) 3.16 五香駅〜紙敷車庫線の一部が松飛台駅に乗り入れるようになる。
2000年(平成12年) 8.16 松飛台循環の大幅減便、五6五香駅〜松飛台駅線の新設、五香駅〜紙敷車庫線が松飛台駅に全便乗り入れ。
2004年(平成16年) 3.16 松飛台循環を廃止。

 五香駅とその南の松飛台地区を結ぶ路線。最近エルガミオ等の中型車の導入が進んでいる。
 まず五1の五香駅〜紙敷車庫線はかつて存在した松5の松戸駅〜五香駅線の区間便とも言える存在であった。現在は後述の松飛台循環大減便時に新設された五6 五香駅〜串崎入口〜松飛台駅線とあわせだいたい1時間に3本程度である。五香駅を出たバスは区画整理されたまっすぐな道路を南下し、泉ヶ丘団地付近で向きを変えこれまた区画整理されたまっすぐな道をひたすら西へ走る。串崎入口は佐渡ヶ嶽部屋に近い。北総線の松飛台駅と松飛台駅入口のバス停はかなり離れていたが、駅前ロータリーにつながる道が平成12年3月に完成し、平成12年3月16日から駅前への乗り入れが開始された。ただし全便ではなく、五1系統(五香駅〜紙敷車庫)のみの乗り入れで、一部経由しない便もあるから本数は1時間に一本程度と非常に中途半端な乗り入れとなっていた。ちなみに松飛台駅入口のバス停は松飛台駅前の乗り入れ開始にともない200メートルほど五香寄りに移設され、五香駅行のバス停が松飛台循環と同一になった。平成12年8月16日の改正では五6五香駅〜松飛台駅の運行開始に伴い五香駅〜紙敷車庫線の全便が松飛台駅前に乗り入れるようになった。八柱霊園が台地の上にあるため、駅前に入るバスはかなり急な坂を下ってロータリーに進入している。駅前はまだ造成中で殺風景であり、駅のバス停もポールが1本わびしげに立っているだけだ。
 松飛台駅から紙敷車庫までは八柱霊園に沿って進む。八柱霊園に南口から入りたいのであれば、この路線を使うと便利である。「市立高校」を降りれば、南中央口は目の前だ。紙敷車庫は昭和55年の開業で、八柱霊園の南側に面し、武蔵野線の線路からも近い。

 平成16年に廃止された五2の松飛台循環は昭和41年4月5日に運行を開始した片側通行の循環バスである。開通当初からワンマン運行であった。循環部は松飛台工業団地の中を走り、1車線ながら道路の幅がやたら広い。松飛台駅入口で五香〜紙敷車庫線に合流し、五香駅まで戻る。江戸時代松飛台周辺は狩場となっており、地名にもその名残が残っている。ちなみに「御立場」は「おたちば」と読み、鷹狩の全容を将軍が眺めるための場所と言う意味だそうだ。
 平成11年現在の本数は1時間に1〜3本であったが、徐々に減便され平成12年8月16日のダイヤ改正では1日わずか5本まで減らされてしまった。その後近辺に学生寮があるのでその後細々と運行されたが、スクールバスの運行開始によりお役御免となったようだ。工業団地を循環するバスを昼間走らせても意味がないということなのだろう。

松飛台循環の運行経路の変遷について

開通当時。現在と違って中原で左折していた。また串崎入口から松戸へ向かう道はなかった。
昭和40年代後半あたりに市立松戸高校が現在の場所に移転したことを受け、一部のバスが現在の経路を走るようになった。
区画整理により松戸駅と松飛台地区が道路で直結したのを受け、松戸駅〜五香線などが新たに開通した。また紙敷車庫の完成に伴い五香駅〜紙敷車庫線も運行を開始したと思われる。市立高校入口停留所は大町住宅入口停留所に名称を変更しているが、昭和55年発行の松戸市の都市地図では「市立高校入口」のままになっている。
平成12年3月16日から松飛台駅前のロータリーに一部のバスが乗り入れるようになった。本数は1時間に1本前後で中途半端であった。

平成12年8月16日にダイヤ改正が行われ、松飛台循環が大幅減便となり、その代わりに五6 五香駅〜串崎入口〜松飛台駅線が新設された。また五1の五香駅〜紙敷車庫線が全便松飛台駅乗り入れとなり、松5の松戸駅〜五香線も廃止された。
平成16年3月16日の改正で松飛台循環が廃止された。


松飛台駅前から五香駅に向かうエルガミオ


五香駅西口


 小新山線

五3 五香駅東口〜小新山町入口
五4 五香駅東口〜小新山町入口〜柏陵高校

1967年(昭和42年) 6.1 小新山線五香駅〜小新山町入口間を開業。(松戸市要覧)
1991年(平成3年) 6.24 柏陵高校まで延長。(千葉日報)

 五香駅東口から発車する系統で、金ヶ作入口まで下記の小金北線に並行し、小新山町入口からは柏市に乗り入れる。住宅路線であるが末端部は自然に恵まれている。最近は中型車が主として使用されているようだ。

 かつて陸の孤島とも呼ばれた小新山町までバス路線が開通したのは昭和42年6月15日のことである。その後長い間すべてのバスが小新山町入口で折り返していたが、最近柏陵高校まで延長され、1時間に1本程度柏陵高校まで乗り入れるようになった。現在でも半分近くがここで折り返す。小新山町は折り返し設備が無いため本通りを外れ、一回りしたところにバス停が設置されている。五香行のバス停は専用スペースが確保されており、ベンチと屋根のほか、自転車置き場まで設置されている。柏陵高校行のバス停は少し離れており、真新しい一戸建て住宅の前にポールが立っている。ここからは本数が1時間に一本になり、ローカル色が濃くなってくる。近隣センター停留所は広大な敷地を有する南部公園に面しており、バスは森の中の緩やかな坂道を下っていく。終点の柏陵高校は折り返し設備があるほかは特に何も無かった。ちなみに、柏陵高校は99年に甲子園に出場して一躍有名になった。


五香駅東口


柏陵高校付近の折返し場


3.資料

系統番号一覧表 昭和38年現在の全路線 松戸市内バス路線図