松戸新京成バス2 松戸市北部


目次


1.概要

 新京成電鉄は京成電鉄の関連会社である。松戸から京成津田沼までの電車線のほか、松戸市、船橋市を中心に路線バスを運行している。新京成電鉄が松戸まで開通したのが昭和30年(1955年)、路線バスについては鉄道が全通するまでのつなぎとして運行された鎌ヶ谷大仏〜松戸駅間の路線が最も古いもので、昭和24年1月21日の開通である。それほど歴史があるわけではないが、営業エリアの人口が急増したことにより急成長を遂げ、分社直前の車両の保有台数は京成に次いで第二位であった。しかし平成15年10月よりバス部門は分社化され鎌ヶ谷営業所が船橋新京成バス、習志野車庫が習志野新京成バス、松戸営業所が松戸新京成バスとなった。現在松戸市内を走る系統は比較的短距離の団地路線が多く、駅と駅を結ぶ系統の利用状況は馬橋駅入口〜常盤平駅間を除きあまり良くない。

 まずここでは主に松戸市の北部を走る路線について紹介する。松戸市内は松戸新京成バスが担当し、乗降方法は前乗り運賃先払いである。運賃が途中で変わるので、あらかじめ運転手に行先を告げてから料金を払わなければならない。両替の必要はなく、1000円札をいれるとおつりが返ってくる。バス共通カードを使用する場合は行先を言わないと一番高い運賃が引かれてしまうため、注意が必要だ。なお、廃止された系統・路線は新京成バス廃止路線にまとめて掲載した。


2.路線紹介

 小金原団地線

1.歴史

1969年(昭和44年) 5.15 小金原団地の入居開始に伴い小金原線北小金駅・馬橋駅入口・常盤平団地発小金原団地循環系統を開業。(30年史)
1969年(昭和44年) 8.20 小金原操車場を新設。(会社要覧)
1991年(平成3年) 8.12  北小金駅入口〜小金原団地循環線に深夜バスを運行。(会社要覧)
1993年(平成5年) 4.16  八柱駅〜小金原団地循環線を開業。(会社要覧)
1994年(平成6年) 3.1  北小金駅前ロータリーの整備完了にともない北小金駅前への乗り入れ開始。(Ciao) 
2000年(平成12年) 8.15  常盤平駅〜小金原団地線を廃止。
2000年(平成12年) 10.16 常盤平駅〜小金原団地線が復活。ただし本数削減の上休日運休。

2.系統ごとの現況

小金1 北小金駅発小金原団地循環右回り
小金2 バス案内所行

北小金駅―北小金駅入口―ハワイ通り―久保平賀―交通公園―御堂の上―表門―殿内―栗ヶ沢小―笹塚
―栗ヶ沢中―東若芝―若芝―行政センター―久保下―向原―久保平賀―小金下町―小金小学校―北小金駅
                      |
                   バス案内所

  小金3 北小金駅発小金原団地循環左回り
小金4  バス案内所行

北小金駅―北小金駅入口―ハワイ通り―久保平賀―向原―久保下―行政センター―若芝―東若芝―栗ヶ沢中
―笹塚―栗ヶ沢小―殿内―表門―御堂の上―交通公園―久保平賀―小金下町―小金小学校―北小金駅入口
―北小金駅      |
            バス案内所

 公団小金原団地は常磐線と新京成線に挟まれた台地にある大規模な団地である。現在は常磐線の北小金駅、馬橋駅、新京成線・武蔵野線の八柱駅、新京成線常盤平駅から循環系統のバスが出ている。小金原団地から直線距離で一番近い新松戸駅に出る便が無いのは道路が無いからだ。もちろん国道6号線から新松戸へ行く方法が無いわけではない。しかし、新松戸駅は西口のみで東口が無く、駅前に行くには常磐線を越えなければならない。踏切が無いので超えるポイントは次の3箇所である。一つ目は馬橋駅の南寄りの陸橋で、これは馬橋駅入口のバスが駅方面に折れ曲がる交差点の少し先で右折する。二つ目は新松戸駅の南にある交互通行の狭いガードで、通称を「じゃんけんガード」という。大型車はとても通行できず、乗用車でも狭いくらいだが、現在工事中であり、将来的にはもう少しましになるかもしれない。ただここを越えても国道6号へは細くて曲がりくねった道が1本あるだけで、そこを避けるなら北小金か馬橋の駅付近まで出るしかない。3つ目は新松戸駅の北側のガードを越える方法で、道は広いが越えた地点で行き止まりである。ここから6号に出るにはやはり北小金か馬橋まで出なければならないだろう。道が無いわけではないが、地図があっても迷うような道で、時間的ロスを考えると両駅まで出るのと大差無い。

 北小金駅発の系統は最も本数が多く、右回り、左回りとある。北小金発の循環系統はバス案内所を経由しないが、4分の3周してバス案内所へ行く便がある。バス案内所には操車場があるので、出入庫便という意味合いもあるだろう。北小金駅は今でこそサティができて立派になったが、昔は今のような広い駅前広場ではなく、中型のバスがやっと入れるような駅前であった。したがって大型バスで運行していた小金原団地行のバスは駅前に入れず駅近くの道路で客扱いしていた。行きと帰りで経路が違うのは駅前にバスが入れなかったころの名残だ。

 北小金駅前の再開発が完成したのが平成6年、深夜バスの運行開始が平成3年8月である。


北小金駅前


馬5 馬橋駅入口発バス案内所経由小金原団地循環

馬橋駅入口―坂下―房山―食品センター―久保下―バス案内所―殿内―栗ケ沢小―笹塚―栗ケ沢中―東若芝―貝の花―小金原五丁目―食品センター―房山―馬橋駅入口

馬7 馬橋駅入口発小金原団地循環
馬8 バス案内所行 

馬橋駅入口―坂下―房山―食品センター―小金原五丁目―貝の花―東若芝―栗ヶ沢中―笹塚―栗ヶ沢小―殿内―バス案内所―久保下―食品センター―房山―馬橋駅入口

 馬橋発の便は東京により近い駅へ向かうだけあって、北小金発着便についで本数が多い。ただし昼間は本数が減る。これは馬橋駅東口の駅前が狭すぎて大型バスが入れないこと、馬橋周辺に対した商業施設が無いことが原因だろう。

 馬橋駅に向かうバスは国道六号線を南下するが、馬橋駅への入口を素通りし、馬橋駅の南側にある馬橋陸橋の入口まで出てしまう。そこから120度右折して狭苦しい旧水戸街道に入り、終点馬橋駅入口に到着する。旧水戸街道から馬橋駅までは狭くて古い商店街と、軽自動車しか入れない細い道があるだけでとても大型バスが入れるものではない。駅入口から駅までは細い道を歩いて歩いて3分ほどかかるが、バスが入れないのだからしょうがない。とまあこのようにバス停の位置が非常に良くないわけであるが、この駅入口の停留所の立地条件そのものもまた最悪に近い。何しろ歩道もろくにない道だ。人が一人やっと歩けるほどの広さの歩道の上に無理やりバス停が二つ置いてあるので、行列(一列が限度)できると歩行者は歩道を歩けない。そんな歩道なので車椅子が通る余地は無く、せっかく投入されたワンステップバスも効果半減である。停留所を広げようにも万満寺の墓地が邪魔をして不可能である。墓地のコンクリート塀がこしかけられるようになっているので待つ分には楽かもしれない。昭和45年当時の計画では区画整理の完成とともに乗り場を西口に移す予定だったようだが、残念ながら実現しなかった。
 馬橋駅入口を出たバスは坂を登って国道6号線と交差する。常盤平駅行きのバスは直進するが、小金原団地行のバスはここから国道6号線を北上する。小金原団地に入るのは武蔵野線の高架をくぐったその先で、それまで1キロ以上も停留所が無い。国道6号線をかなりのスピードで飛ばせるわけだが、馬橋行きの便は国道を右折して駅前に入るあたりで相当渋滞する。馬橋の駅前にはわざわざ小金原から出かけるほどたいした物が無いので、東京に近いという点以外には、馬橋駅に出る必要性は高くない。少なくとも小金原団地からバスで来て馬橋で買い物をしようと言う人はあまりいないだろう。


八柱8 八柱駅発小金原団地循環 八柱9 八柱駅〜バス案内所

八柱駅−第三小学校−公園中央口−八原台−松戸東警察署−東若芝−栗ケ沢中学校−笹塚−栗ケ沢小学校−殿内−バス案内所−久保下−食品センター−小金原五丁目−貝の花−松戸東警察署−八原台−公園中央口−第三小学校−八柱駅

 上記の常盤平駅行に変わって新京成線へのメインルートとしての座を獲得した。開通は平成5年4月16日と遅いが、これは単純に小金原団地から八柱へ抜ける道が無かったからである。本数も開通当時かなり少なかったもののその後ダイヤ改正のたびに増便され、現在では昼間でもほぼ20分間隔である。平成12年8月に常盤平発の小金原団地循環の廃止と同時に若干増便され、あわせてバス案内所止まり区間便も新設された。さらに平成12年12月から平日に限りノンステップ車が導入されている。団地路線であることに加え、巨大な公園である21世紀の森と広場、森のホール、県立西部図書館、市立博物館などを沿線に擁するため、新京成が力を入れるのも当然であろう。
 八柱駅を出たバスは片側2車線の新しい道に入り新京成線の線路をアンダークロスする。「21世紀の森と広場」を横切るが、地名が「千駄堀」と言うだけあって、公園のある谷間を超えなければならない。坂を下ると面倒なので1キロ近い橋を架けて一気にわたってしまう。公園は自然の地形が行かされ、自然のままの池が残っていて気持ちが良い。この公園は入口に係員が常駐し、休日ともなれば家族連れでにぎわう。
 公園中央口のバス停は「21世紀の森と広場」の南側にあり。松戸市の「森のホール」や県立西部図書館の目の前にある。そして八原台では新京成バスの馬橋駅入口〜常盤平線と交差し、小金原団地へと入って一回りして八柱駅に戻る。

平成5年開通当時の八柱駅時刻表(広報まつどより転載)

  平日土曜 休日
6 00 34 52 15 55
7 08 25 45 45
8 02 23 40 30
9 00 17 35 55 10 50
10 30 25
11 04 28 55 05 40
12 29 20 55
13 02 55 30
14 30 05 42
15 20 30
16 15 49 15 49
17 27 27
18 02 40 02 40
19 17 55 17 55
20 28 28
21 01 01

平成12年8月16日現在の時刻表

  3     00年8月16日改正
  平日 土曜 休日
6 03 33 45 56 05 22 42 56 05 40
7 06 20 34 48 10 24 38 50 00 20 40
8 02 16 30 44 05 25 43 00 20 40
9 03 20 38 56 00 20 40 00 20 40
10 13 31 49 00 20 40 00 20 40
11 06 25 43 00 20 40 00 20 40
12 01 19 37 55 00 20 40 05 25 45
13 13 31 49 00 20 +40 10 +30 50
14 25 40 56 00 20 40 10 30 50
15 14 32 50 00 20 40 10 30 50
16 07 25 42 00 20 40 10 30 50
17 05 22 46 59 00 15 30 45 10 30 50
18 14 26 41 54 00 15 30 45 10 30 50
19 07 21 34 46 00 17 34 53 10 30 50
20 05 19 +38 09 26 43 10 26 43
21 00 30 00 35 00 35
  無印−小金原団地循環 +印−バス案内所行  


八柱からの道は21世紀の森と広場を橋で横断する。


常9 常盤平駅発小金原団地循環
常11 常盤平駅〜栗ヶ沢中学校

常盤平駅北口−千葉西病院−八坂神社前−八原台−松戸東警察署−東若芝−若芝−行政センター−バス案内所−殿内−栗ケ沢小学校−笹塚−栗ケ沢中学校−東若芝−松戸東警察署−八原台−八坂神社前−千葉西病院−常盤平駅北口

 平成12年8月16日に廃止されたもののわずか2ヶ月後の平成12年10月16日に復活した系統。新京成線の常盤平駅から発着するが、小金原団地と常盤平団地を結ぶという意味合いもあった。かつては常盤平団地内を一回りしていたらしい。また常盤平駅から東若芝までは現在よりも東側の経路を通っていた。小金原団地から八柱駅に向かう系統ができるまでは小金原団地と新京成線の駅を結ぶ路線としての利用価値があったのだが、常盤平駅から新京成線に乗って津田沼に出るよりも新八柱駅から武蔵野線で西船橋まで出たほうがよっぽど速く、しかも便利なために、八柱駅行ができてから本数が大幅に減ってしまった。武蔵野線から京葉線直通の東京行きもあるから決定的である。最近は常盤平や新京成線の沿線に用事がある人が主に利用する路線という感じである。そのため新京成側は八柱駅発着便のみで対応できると判断したようで平成12年8月16日のダイヤ改正で一旦廃止した。しかし廃止されたことを知らずに常盤平駅で降りて小金原団地に向かおうとした人もかなりいたらしく、またそれなりの需要があったため廃止(正確には休止だろうが)された路線が復活するという異例の事態となったものと思われる。ただ復活はしたものの本数は1時間に0〜2本とかなり削減され、しかも休日運休となってしまった。栗ヶ沢中学校どまりの便も何本か設定されたがこれは栗ヶ沢中学校で客を下ろしてそのまま小金原操車場に入庫してしまうのだろう。ちなみに栗ヶ沢中学校止まりの系統番号は常11である。常10は廃止前にバス案内所止まりの系統が使用していた。

 ちなみの復活するまでバスの車内で配布されていた乗り継ぎ券はそのまま使えるため、乗り継ぎ券を持っていれば常盤平駅から馬橋駅入口行に乗って八原台で八柱駅発の小金原団地行に乗り換えることも可能である。この場合どちらに乗っても運賃は変わらない。ただし現在でも乗り継ぎ券を発行しているかは不明である。

単に廃止時期がが延びただけなのかもしれないが、今後の動向に注目したい。


 馬橋線

 馬12 馬橋駅入口〜常盤平駅北口

馬橋駅入口―馬橋坂下―八ケ崎入口―上野台―八ケ崎―水砂―三区入口―東―八原台―八坂神社―千葉西病院―常盤平駅

1.歴史

1957年(昭和32年) 6.11 新京成バス 馬橋駅〜五香間を開業。(広報まつどによる。市政要覧では8月1日)

 運行開始当時は馬橋駅〜五香駅間の運行だった。おそらく新京成線の線路よりも北側を走り、五香駅の東口を掠めてから踏切を渡って西口に出ていたものと思われる。その後常盤平団地経由に変更され、馬橋駅〜八坂神社間の区間便もできた。現在のように常盤平駅北口発着に変更された時期は不明であるが、昭和55年の地図では常盤平駅北口発着となっていることから、変更時期は昭和50年代前半であろう。ルートの変遷については下記の図を参照してほしい。また武蔵野線の敷設工事に前後した区画整理により、上野台〜三区入口間の経路が変更になっている。

2.現況

 昭和32年7月に運行を開始した比較的古い路線で、馬橋駅の入口から常盤平駅北口に至る系統である。当初は五香駅まで乗り入れていた。それがやがて八坂神社ないし常盤平駅どまりと短縮された。途中で武蔵野線と交差するが、武蔵野線には駅が無い。台地上の住宅地の中を走り、途中の停留所での乗降が多い。道は途中までは見事な並木道で、結構曲がりくねっているのだが国道6号線と常盤平を結ぶ数少ない道の一つであり、時間帯によってはかなり道が混むので定時運転できない場合もある。馬橋寄りの途中の道は見事な桜並木で、シーズン中はちょっとした桜の名所になる。
 10年ほど前までは馬橋駅東口の駅前まで乗り入れて来る便があった。本当にバスが来るのか疑わしくなるような古びたポールが長らくその存在を伝えていたのだが、乗り入れ便の廃止とともに撤去されてしまった。本数は1日1本しかなかった様な気がする。みもみのページによれば駅前乗り入れ便だけツーマン運行だったそうだ。
また、この路線も小金原線同様西口に移す計画があったようだ。
 余談であるが、昭和31年4月16日に東武鉄道が松戸〜八ケ崎間の免許を申請している。

八ケ崎付近の経路変更

 
 八ケ崎付近は昭和40年代後半頃に武蔵野線の開通工事を契機として区画整理が行われた。現在バスが通る道は都市計画に基づいた新しい道で、区画整理される前はもっと狭い道を走っていた。武蔵野線と交差する付近の道は昔とかなり異なるかもしれない。

なお、昭和40年代八ケ崎入口停留所は馬橋操車場という名前だった。

常盤平付近のルートの変遷


 昭和31年の松戸市市政要覧をもとに、昭和32年ごろの常盤平付近を復元したものである。赤線が馬橋線、紫が五香北線である。当時常盤平団地はまだ完成しておらず、現在の常盤平駅は金ヶ作駅を名乗っている。馬橋線の馬橋駅〜五香駅間は開通したばかりで、地図を見る限り金ヶ作駅には寄らずに五香北線に合流している。詳しい経路は不明だが、県道57号線経由の可能性が高い。また、バス停の位置などは不明な点が多く、不本意ではあるが省略した。

 これは東京都地区地名総覧の昭和45年版を参考にした。新京成バスの常盤平線や京成バスの白井・航空基地線などが常盤平駅前に乗り入れたかなりにぎやかである。馬橋線の経路は常盤平団地の完成後このように変更されたようだ。現在のように高木小や千葉西病院を通る道ではなく、もう1本東寄りの道を通り、線路を渡って常盤平駅の南口に出ている。さらに線路沿いの桜通を走って五香駅に至っている。運行形態は五香駅乗り入れ便のほかに馬橋駅〜八坂神社間の折り返し便もあったようだが、馬橋駅〜常盤平間の折り返し便の存在は確認できない。

 平成11年現在の常盤平付近である。常盤平駅北口にバスが乗り入れるようになった時期は不明であるが、遅くとも昭和55年以前であることは間違いない。平成12年8月16日の改正で五香駅〜酒井根中央〜北小金線、常盤平駅〜小金原団地線、常盤平駅〜八柱駅線が廃止された。

 新松戸線

1.歴史

1979年(昭和54年) 3.20 新京成バス、新松戸線新松戸駅〜新松戸七丁目、新松戸駅〜馬橋駅間を開業。馬橋(六和)線馬橋〜六和間を廃止。(50年史・広報まつど)
1992年(平成4年) 2.17 新京成バス、新松戸線新松戸駅〜新松戸七丁目間に深夜バスを運行。(会社要覧)

2.現況

新1 新松戸駅〜新松戸七丁目

新松戸駅―郵便局前―支所前―中学校入口―坂川―こぶし公園―新松戸七丁目

 昭和54年3月20日に運行を開始した路線。新松戸周辺はかつて一面の水田地帯であったが、昭和50年代初頭に東武などの大手民間デベロッパーにより大規模な開発が進められた。昭和52年に東武不動産によって売り出されたサンライトパストラル1〜3番街は即日完売であった。今ではサンライトパストラル、中央パーク、西パークと言ったマンションが林立し、「〜団地」と言う名称こそ無いものの、駅から西に向かって巨大マンション群が広がっている。ちなみに運行開始直前の計画では一部の停留所名が現在と異なっており、郵便局前ではなく中央公園、支所前ではなくさざんか公園と言う名称だった。この系統はマンション群の間の駅前通りを西に走る。新松戸駅からのメインストリートである美しいけやき並木はこぶし公園付近の交差点で行き止まりとなっており、バスはここで右折する。終点の新松戸七丁目はマンション群のはずれにあり、松戸市と流山市の境界近くにある。新京成バスの回転場は乗務員の休憩室の他にバスが10台ほど停まれるスペースがあり、ちょっとした車庫のようになっている。回転場の脇道を折れ曲がると一面の水田が広がっており、松戸側とのギャップに驚かされる。新松戸七丁目の近くには県道松戸野田線が走っているのだが、新松戸との接続は無いに等しい。また、国道6号線とのアクセスも不便で、馬橋か北小金に出なければならない。陸の孤島と酷評されることもあるが、道路事情の悪さがかえって閑静な住環境の維持に役立っているような気がする。路線の距離は2キロ少々と短いが、利用者が多くドル箱路線の一つであり、平成4年2月より深夜バスも走り出している。また、休日にはノンステップバスが一台充当される。新松戸七丁目の折り返し場には「ノンステップバス(休日のみ)」と書かれた専用スペースがあった。
 本数は数年前に比べ減少し、平成12年8月16日の改正では平日の日中毎時5本、土日はほぼ12分間隔のパターンダイヤとなった。時間帯によってはかなり減便されたわけであるが、これは利用客の減少よりも新松戸駅発着の常磐緩行線・武蔵野線の本数に合わせたためだと思われる。と言うのも日中は常磐緩行線(各駅)の上りが毎時07、19、31、43、55分、常磐緩行線下りが毎時09、21、33、45、57分、武蔵の線西船橋方面がだいたい毎時09、20、32、44、56分と近接しているため、1時間に6本以上運行してもあまり意味が無いからである。土日のバスの発車時刻の基本パターンは毎時10、22、34、46、58分であり、電車からバスへの乗り換え時間がほとんど無いように思えるが、バスから電車への乗り換えの便を図ることを考えるとある程度はやむを得ないであろう。それに1分や2分だったら走って間に合いそうな気もする。


新松戸七丁目バス停


新2 新松戸駅〜馬橋駅西口

新松戸駅―郵便局前―支所前―変電所―新松戸南小―ユーカリ前―三村新町―蓮田橋―市民センター―馬橋駅西口

 同じく昭和54年3月20日の運行開始である。馬橋駅と新松戸駅を結ぶ路線で、区画整理された住宅地の中を走る。開通当初は「ユーカリ前」が無く、「三村新町」は「三村新田」と名乗っていた。「ユーカリ前」とは妙な名前であるが、これはバス通りがユーカリの並木道で、バス停の前にユーカリの木があるからである。これは余談であるが三村新町に町名が変更された際に馬橋駅構内の案内表記も変更されたものの、「田」の字に黒テープで「丁」を付け足すと言う非常に情けないことをして、現在もそのままである。

 馬橋駅〜支所前間は整然と区画整理された住宅街の中を走る。1戸建てがほとんどだ化最近馬橋駅周辺でマンションが次々と建設され、ここ10年でやや街の景観が変わっている。ユーカリ前〜変電所間は道路の中央に高圧電線の鉄塔が建ち、非常に広々とした道になる。変電所を出て少し走ると交差点があり、そこを左折して新松戸駅〜新松戸七丁目線に合流し、新松戸駅に向かう。
 乗客は新松戸寄りのほうが多く、だいたい新松戸南小が分水嶺になっているようだ。新松戸にはダイエーがあることや、新松戸の駅前に自転車置き場が整備されていないことなどが原因だろう。一方馬橋駅寄りは朝夕を除き乗客は1ケタ台で、2〜3人程度であることも珍しくなく、時には誰も乗っていないこともある。馬橋駅西口には3000台以上収容できる駐輪場があり、その上区画整理されて道が広くなり、さらに土地が平旦とあっては住宅路線は厳しい。駐輪場は昔無料だったころはいつも満杯だったが、最近有料化され若干の余裕ができた。有料化により駅から近い住人の中には徒歩に切り替えた者もいたようだが、バスの方では目立った乗客の増加は確認できていない。京成バスの職安経由松戸駅行のバスと蓮田橋まで並行していることも乗客が伸び悩む一因となっているようだ。また、蓮田橋〜支所前間の道は信号がやたら多く、しかもどれか一つに引っかかると立て続けに引っかかるような気がする。


馬橋駅西口のロータリーで発車を待つノンステップ車


休日は松高線以外でもノンステップ車が運行される。


 五香北線

小金23 北小金駅〜西新田

北小金駅―駅入口―根木内―宿畑―根木内中学校―西新田

1.歴史

1957年(昭和32年) 2.1 新京成バス、北小金〜五香、北小金〜光ヶ丘、北小金〜鎌ヶ谷大仏間を開業。(松戸市政要覧・市史)
1986年(昭和61年) 8.16 新京成バス、幸田線および北小金駅北口〜西新田線の運行開始。西新田〜北小金駅北口〜幸田〜北小金駅北口〜西新田間の循環系統も新設。(年報)
1999年(平成11年) 12.15 新京成バス、五香北線の小金22系統北小金駅〜逆井入口〜北小金間を廃止し、酒井根中央経由に一本化。また北小金〜根木内間を短縮し、大孝塾前を廃止する。
2000年(平成12年) 8.15 小金21系統 北小金駅〜酒井根中央〜五香駅間を廃止。

2.現況

 五香北線と言う路線名であるにもかかわらず、五香駅に向かう系統は平成12年8月15日で廃止され、今や北小金と小金原団地の北端や根木内地区を結ぶ区間便だけになってしまった。しかも残った部分も本数が半減している。西新田以遠は公団光ヶ丘団地を経由するにもかかわらず一日数本と非常に少なかったためあまり利用されていなかったようだ。昭和50年代前半ではツーマン運行だったらしい。
 五香北線は平成11年に北小金〜逆井入口〜五香間を、平成12年に北小金〜酒井根中央〜五香間の各系統が廃止され、廃止を免れた北小金〜西新田間も1時間に2本あったのが1本程度になってしまった。また平成11年(1999年)年12月16日に1日1往復の逆井入口経由便の廃止と同時に北小金駅周辺のルートも変更された。

 北小金の駅前が区画整理されて立派な駅前広場ができるまでは、東武バスの南柏駅行と、この系統のみが駅前に乗り入れ、駅前へは駅の横手のパチンコ屋の脇の狭い道を曲がりながら降りてきていた。当時はもちろん中型のバスで、現在もほとんどがそうである。99年12月16日までは北小金駅からいったん南下して左折して国道6号線に入り、根木内の手前で、右折して西新田へと向かっていた。地図を見るとなんとも遠回りなルートだが、方向間隔がおかしくなるようでなかなか面白かった。12月16日からルートが変わり、遠回りせず、東武バスの南柏駅行と同じルートを通りほぼまっすぐに根木内を目指すようになった。国道6号線を経由しなくなったため、小金下町や久保平賀のバス停も当然止まらない。
 西新田は松戸市の外れ、小金原団地の北にあり、住宅地が広がる。「みもみのページ」によれば、西新田から北小金駅の駅前に入らずに、常磐線の線路を越え、北小金駅北口を経由した後に下の幸田循環線に乗り入れる便もあったらしいが、そのあたりの記憶があいまいなので良く分からない。西新田から坂を下ったところに折り返し場がある。といっても仮設トイレがあるほかは何も無い。
 ちなみに昭和39年発行の全国路線バス要覧によれば北小金〜酒井根中央〜五香駅間が1往復、北小金〜逆井入口〜五香駅間が2往復で、逆井入口経由の方が本数は多かった。ただしそのころは北小金〜根木内〜駐在所前(現在の根木内中学校停留所)間の区間便が12往復、北小金〜西新田〜光ヶ丘間の区間便が9往復、さらに北小金〜酒井根三叉路間が2往復あった。


 幸田線

小金31 幸田循環

北小金駅―北小金駅北口―大金平郵便局―小金城址駅入口―区画整理記念館―中金杉―幸田―配水場前
                                              |                 |
                                            浅間公園―幸田貝塚―第二市営住宅

1.歴史

1986年(昭和61年) 8.16 新京成バス、幸田線および北小金駅北口〜西新田線の運行開始。西新田〜北小金駅北口〜幸田〜北小金駅北口〜西新田間の循環系統も新設。(年報)
1994年(平成6年) 3.1  北小金駅前ロータリーの整備完了にともない北小金駅前への乗り入れ開始。(Ciao) 

2.現況

昭和61年に運行を開始した比較的新しい系統で、開通当時は北小金駅北口から西新田まで足を伸ばしていた。駅前に乗り入れる以前は駅から3分ほど歩かねばならず不便であった。北小金駅の北側に広がる新興住宅街を循環する系統で、中型車による運行。松戸市の北部、流山市との境界付近を走り、坂道を上り下りする。平成6年の北小金駅前の再開発が完了し南口の駅前に乗り入れるようになり、合わせて経路も変更された。みもみのページによればこのときに根木内、西新田乗り入れ便も廃止されたようである。ここ数年は1時間に2本の本数を維持している。またあまり知られていないが排水場前で下車して7〜8分歩けば流山の免許センターまで行ける。


北小金駅付近


3.資料

系統番号一覧表 昭和38年現在の全路線 平成13年版 松戸市内バス路線図