| 千葉&葛飾路線バス時刻表 東武バスガイドへ ホームへ |
![]()
阪東自動車は我孫子市を拠点とする東武系のバス会社で、平成8年度において年間乗客数が前年度を上回った数少ない会社の一つである。新車の導入も積極的で、徳島市交通局や東野交通など地方のバス会社で第二の人生を歩む車両も多い。昭和24年の会社設立当時は千葉県印旛郡本埜村・六合村(現印旛村)などが主な営業エリアだった。昭和33年2月に東武鉄道の傘下に入り、昭和44年には公団湖北台団地造成に伴い成田線湖北駅から循環バスを走らせるようになった。その後我孫子・沼南地区の人口急増を受け徐々に営業エリアを西へとシフトさせていった。現在は我孫子市の東我孫子に営業所と車庫があり、我孫子市・沼南町を営業エリアとしている。営業所は我孫子の他に印西にもあったらしく、その他に木下に出張所を持っていた。現在は我孫子営業所のみが残っており、かつてのエリアだった印旛地区からは完全に撤退してしまった。我孫子市、沼南町などは松戸・柏より若干遠いこともあって人口増加の開始がやや遅く、その分つい最近まで充分に利益をあげられたのだが、ここ数年人口の伸びが頭打ちとなり、阪東自動車は一つの転機を迎えているといえるだろう。このような状況の中、阪東自動車は平成14年3月11日に勝負に出たとさえ思われるような増発を各路線で行ったものの、同月22日にはストライキを行うという情報もあり、同社を取り巻く状況は予断を許さない。
現在柏駅には東口のみ乗り入れているが、実は東口よりも前の昭和44年2月に柏駅西口への乗り入れを開始している。しかし、東武バスとほぼ同じ経路をたどっていたこともあり、平成に入ってから東武バスとの間で調整が行われ、北花崎・船戸木戸方面行きは廃止となり、西口からも撤退し現在に至っている。
なお、本文中の路線名は筆者が便宜上命名したものであり、正式な名称ではない。また旧木下主張所の担当路線に関してはみもみのページを参照していただきたい。

昭和45年ごろの東我孫子車庫の様子 「我孫子町政要覧」より
| 我孫子駅南口〜市役所〜東我孫子車庫 我孫子駅南口〜市役所〜東我孫子車庫〜天王台駅南口〜湖北台八丁目〜湖北駅 我孫子駅南口〜市役所〜東我孫子車庫〜天王台駅南口〜湖北台中学校〜湖北駅 我孫子駅南口〜市役所〜東我孫子車庫〜天王台駅南口〜布佐駅 我孫子駅南口〜第一小学校〜東我孫子車庫 我孫子駅南口〜第一小学校〜東我孫子車庫〜天王台駅南口〜湖北駅 我孫子駅南口〜第一小学校〜東我孫子車庫〜天王台駅南口〜湖北駅 東我孫子車庫〜天王台駅南口〜湖北台八丁目〜湖北駅 東我孫子車庫〜天王台駅南口〜湖北台中学校〜湖北駅 東我孫子車庫〜天王台駅南口〜布佐駅 天王台駅南口〜湖北台八丁目〜湖北駅 天王台駅南口〜湖北台中学校〜湖北駅 天王台駅南口〜布佐駅 |

| 我孫子駅−駅入口−緑一丁目−寿一丁目−第一小学校−子の神 | | 手賀沼公園−アビスタ前−若松−我孫子高校−市役所−並塚 | 高野山 | 東我孫子車庫 | 郵便局 | 小暮 | 天王台駅南口 | 久保台 | 東我孫子 | 下ケ戸 | 湖北台九丁目−中央学院高校−湖北台十丁目−新岡発戸−岡発戸 | | 団地中央−湖北台八丁目−湖北駅南口 岡戸坂上 | | | けやき通り 湖北台一丁目 | | | 湖北台入口 湖北台六丁目 東小学校 | | | | 湖北台中学校−−−−−−湖北台五丁目 中峠 | 角川商店 | 湖北駅入口 | 根本 | 湖北支所 | 日秀観音 | 田口医院 | 新木 | 沖田 | 気象送信所 | 布佐台 | 駐在所 | 布佐消防署前 | 布佐駅南口−和田前公園入口−佃−近隣センター前 |
1969年(昭和44年) ? 湖北駅から湖北台団地循環の運行を開始。(東武社史)
1970年(昭和45年) 4 湖北駅〜並塚〜役場前(現市役所)〜中央公民館〜駅前十字路〜東我孫子車庫線と、湖北駅〜並塚〜一小前〜駅前十字路〜中央公民館〜役場前〜東我孫子車庫線を開業。(広報あびこ)
1984年(昭和59年) 3.12 湖北駅〜外回り〜天王台〜第一小学校〜我孫子線を新設。(年報)
1986年(昭和61年)10.1 阪東自動車、我孫子駅〜東我孫子車庫〜天王台駅〜木下駅線布佐駅南口乗り入れ開始。(年報)
2000年(平成12年) 10.1 一部停留所名を変更。マーケット→団地中央、東通り→湖北台八丁目、平和台病院→和田前公園入口
阪東バスの本線的存在である。現在全線を通して走る便はそれほど多くなく、事実上我孫子駅〜東我孫子車庫と東我孫子車庫〜湖北駅・布佐駅の2系統に別れているといってよい。直通する便も無くはないが、改正のたびに減らされているようで、我孫子駅から布佐駅を結ぶ便に至ってはわずか土曜日2本のみしかない。何故か湖北、布佐から我孫子駅に向かう便のほうが多いようだ。
我孫子市内線のメインである東我孫子車庫〜湖北駅間は湖北台団地と天王台駅を結ぶ団地路線としての性格が強く、並行する成田線の数倍もの運行本数を誇る。単線で1時間に2〜3本のの成田線を使うよりも便利だからであろう。団地内は循環線となっており外回りとする内回りが設定されている。
同区間はもともと昭和44年に湖北台団地造成に伴い運行開始となったもので、当初湖北駅を起点とした循環系統だったようである。そして昭和45年には湖北台団地から我孫子市内の中心部を一周する路線が新設された。駅前に乗り入れないのは当時の交通規制により駅前にバスが乗り入れることができなかったからである。 その後我孫子駅前に乗り入れるようになり、通し運用が減り、天王台駅に乗り入れる系統が増加し、さらには前便が天王台駅に乗り入れるようになり現在に至っている。
一方の我孫子駅〜東我孫子車庫間は我孫子高校などへの通学や、市役所、公民館、手賀沼公園への足として利用されそこそこの運行本数を維持している。市役所を経由しない第一小学校経由便は東我孫子車庫までの距離が短いため出入庫線としての性格が強いが、我孫子市中心部を循環していた名残もあると思われる。何故か我孫子発の便より東我孫子車庫方面から第一小を経由する便のほうが多い。余談であるが昔は役場が寿一丁目のあたりにあり、この路線ができる前に運行していた我孫子駅〜県営渡船場線は全て第一小学校前を経由していたのだろう。役場が現在の位置に移動したのは湖北〜我孫子線の開通時期と同じである。
我孫子〜東我孫子車庫〜布佐線はひたすら国道356号線を走る路線で、岡発戸から布佐駅までは成田線に完全並行する。本数は1時間に1本程度。昔は一つ先の木下駅まで走っており、我孫子市内線のルーツともいえるのだが、数年前に布佐〜木下間が廃止されてしまっている。
昭和45年4月 湖北台団地〜我孫子役場・駅入口方面循環線開業当時の時刻表(広報あびこより転載)
|
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 我孫子駅〜並木五丁目〜電研〜柴崎〜第一小学校〜我孫子駅 |
1日1本しかない循環系統。路線の開通は1960年代以降であると思われるが、詳細は不明である。昭和38年の段階では右回りと左回りが5本ずつ、昭和48年の段階では往10本、農電(現在の電研か)始発が復2本だったらしい。久寺家道から並木六丁目まで国道6号線を走るが周りには人家があまり無い。電研とは電力中央研究所の略称で、なぜか生物科学研究棟も併設されている。大利根ドライブインのそばには我孫子インターチェンジがあるが、別に高速道路があるわけではなく、国道六号線と船取県道(8号船橋我孫子線)との合流地点があるに過ぎない。ただこの付近の六号線は交通量が多く高速道路のように立派な造りなので、我孫子ICは高速道路のICさながらである。平成14年3月の改正では奇跡的に生き残ったものの、今後どうなるか不透明である。
| 我孫子駅北口〜我孫子ビレジ〜あけぼの山公園入口 我孫子駅北口〜つくし野入口〜あけぼの山公園入口 あけぼの山公園入口→我孫子ビレジ→我孫子駅南口 |
我孫子ビレジ経由
我孫子駅北口−松園入口−我孫子ビレジ−つくし野消防署−布施通り−久寺家団地入口−三井団地入口−布施新町三丁目−布施新町二丁目−布施新町一丁目−布施荒屋敷−あけぼの山公園入口
つくし野入口経由
我孫子駅北口−松園入口−つくし野入口−あきにれ並木通り−つくしの消防署−布施通り−久寺家団地入口−三井団地入口−布施新町三丁目−布施新町二丁目−布施新町一丁目−布施荒屋敷−あけぼの山公園入口
? 阪東自動車 我孫子駅〜我孫子二階堂高校線を新設。
1984年(昭和59年) 3.12 阪東自動車、天王台駅〜中央学院高校線を新設(年報)
? つくし野循環線を開通。 経路は我孫子駅〜中央学院〜つくし野入口〜我孫子駅。
1986年(昭和61年) 3.21 阪東自動車、つくし野循環線を三井団地まで延長。我孫子駅〜つくし野〜三井団地、我孫子駅〜久寺家〜三井団地となる。(年報)
1998年(平成10年) 4.1 我孫子駅南口〜三井団地線あけぼの山公園入口まで延長の上北口発着とし、一部経路を変更する。(千葉バス)
我孫子駅の北口から出る唯一の系統。乗り場自体はもうひとつあるのだが、現在は中央学院へのスクールバスの発着所となっている。我孫子市北部・柏市北部の新興住宅地を抜け、利根川に近いあけぼの山公園入口に至る。停留所から公園までは徒歩6分ほど、周囲には何もないのでまず迷わない。あけぼの山公園は古くからの桜の名所で、豊な自然を満喫できる大規模な公園である。土休日のあけぼの山公園入口発最終便のみ我孫子駅の南口が終着であるが、これはその方が東我孫子車庫に入庫しやすいからであろう。
この路線のルーツは我孫子駅〜二階堂高校線のようだが開通年次は不明である。昭和50年発行の我孫子市五ヵ年計画に出てくるのでそれ以前なのは間違いないが、昭和39年版の全国バス路線要覧には掲載されていない。五ヵ年計画によれば我孫子二階堂高校停留所は現在の久寺家停留所付近であると思われ、さらに現在の布施通りや松園入口停留所を経由して我孫子駅に戻ってくる循環ルートも計画されていたらしい。ちなみに我孫子二階堂高校と中央学院は隣同士である。その後の変遷は下図のとおりである。なお 「つくし野循環」時代は我孫子駅南口発着で、我孫子ビレジ経由を経由せず、つくし野入口や中央学院大の前を通っていた。中央学院はつくし野入口の停留所よりもさらに北側にあった。天王台駅〜中央学院高校線はひょっとしたらスクールバスかもしれない。
![]() |
|
![]() |
|
![]() |
|
![]() |
| 柏駅〜大津ヶ丘団地 柏駅〜大津ヶ丘団地〜東我孫子車庫 |
| 柏 駅 東 口 ↓ ↑ 駅入口→柏二丁目 | 長全寺(休日通過) ↓ ↑ 柏六丁目 東上町 ↓ ↑ 柏文化会館入口 ↑ ↓ ↑ 葉山→第五小学校 | 弥生町 | エリカ前 | 新中井 | 大津ヶ丘団地−大津ヶ丘四丁目−大津ヶ丘二丁目−大津ヶ丘一丁目 | 新大木戸 | 大木戸団地 | 五条谷 | 新箕輪 | 東我孫子車庫−我孫子中学校−高野山−並塚−市役所 |
1978年(昭和53年) 3.31 阪東バス柏駅〜大津ヶ丘団地〜東我孫子車庫間を開業。(柏市史)
比較的新しい系統である。途中停留所が少なく、沼南町中心部と柏駅を連絡するメインルートといえそうだ。柏駅に乗り入れる路線はかつて他にもあったのだが、今はこの路線のみである。終点に大津ヶ丘団地を抱えるだけでなく沼南町自体も人急増地帯であるため、本数はかなり多く終バスも遅い。柏駅と沼南町の中心部を結ぶ路線は東武バスも走らせているが、東武バスが旧道をこまめに停まりながら走るのに比べ、阪東バスの路線は国道16号線を走る。停留所も少なく、中には1.5キロも間隔が空いている箇所もある。東武バスが路線を走らせている旧道に人家が集まっているのだが、16号線沿いは一面の田んぼが広がっていて、人家があまり無い。トンネルを抜け沼南町に入り、巨大なマンション群が見えてきたあたりで16号線を右折し、大津ヶ丘団地に至る。一部のバスが大津が丘団地で向きを変え、手賀沼を渡り東我孫子車庫まで行く。これは東我孫子車庫への出入庫線としての役割を担う。ちなみに大津ヶ丘団地〜東我孫子車庫間の区間便は存在しない。新大木戸から船取県道を走り、途中まで東武バスの路線と並行するのだが、沿道にはそれほど人家がない。
順調に走ってくれれば東武バスよりもかなり速いのだが、柏周辺の国道16号線の混み具合はかなりひどく、特に朝のラッシュ時は相当渋滞し定時運行を妨げる大きな要因となっている。沼南町内には東武野田線の高柳駅もあるのだが、街の中心部からかなり離れているうえ、東武野田線に乗っても船橋か柏に出てしまうので(新鎌ヶ谷から北総開発鉄道に乗り換えて日本橋、新橋方面に出る手もあるが、不便で時間がかかり、しかも高い)、柏駅へ向かうバスの需要が大きいようだ。
柏駅〜大津ヶ丘団地〜東我孫子車庫 開通当時の時刻表
(『広報しょうなん』 昭和53年4月1日号所収)
| 柏駅東口 | 大津ヶ丘団地 | |||
| 大津ヶ丘団地方面 | 柏駅東口行 | |||
| 平日 | 休日 | 平日 | 休日 | |
| 6 | 11 26 48 | 26 48 | ||
| 7 | 06 27 45 | 06 27 45 | ||
| 8 | 06 34 | 06 34 | 12 55 | 12 55 |
| 9 | 16 40 | 16 40 | 19 | 19 |
| 10 | 22 45 | 23 46 | 01 24 52 | 01 24 52 |
| 11 | 14 42 | 15 43 | 21 56 | 21 56 |
| 12 | 18 | 19 44 | 42 | 21 |
| 13 | +03 +50 | +22 +51 | 30 | 00 30 |
| 14 | 40 | 40 | ||
| 15 | 02 44 | 03 45 | 23 | 23 45 |
| 16 | 30 54 | 07 31 55 | 07 33 | 07 33 |
| 17 | 24 48 | 25 49 | 03 26 | 03 26 |
| 18 | 33 54 | 33 54 | 12 33 58 | 12 33 58 |
| 19 | 19 39 | 19 39 | 18 | 18 |
| 20 | 24 51 | 24 51 | 03 30 | 03 30 |
| 21 | +24 | +24 | 04 42 | 04 42 |
| 22 | +04 | +04 | 28 | |
| +印−東我孫子車庫行 休日10時〜17時は駅入口発着 | ||||
| 慈恵医大柏病院〜北柏駅 慈恵医大柏病院〜北柏駅〜第一小学校〜東我孫子車庫 |
慈恵医大柏病院−北柏駅−北柏駅入口−根戸−沢藤商店−台田−新富−白山入口−駅入口−緑一丁目−寿一丁目−第一小学校−子の神−並塚−高野山−我孫子中学校−東我孫子車庫
1987年(昭和62年) 6.12 阪東自動車、慈恵医大柏病院〜北柏駅〜東我孫子車庫線を新設。(年報)
2002年(平成14年) 4.1 根戸十字路が台田に名称変更。
慈恵医大柏病院と北柏駅の間の一区間がメインで、あとは出入庫用のおまけみたいなものである。本数の差も極端で、現在北柏駅〜慈恵医大柏病院の一区間を往復する系統と、慈恵医大病院から北柏駅を経由して東我孫子車庫に至る系統の2本建てで運行されている。東我孫子車庫行の路線は我孫子の駅前を通り、駅には入らない。
同線は慈恵医大柏病院の増床に伴い運行開始となったものである。北柏駅入口〜東我孫子車庫間は最近廃止された船戸木戸&北花崎〜東我孫子車庫線と同一経路であり、後者の方が古い。慈恵医大柏病院は県内有数の大病院であるが、周囲には病院以外にも、市民文化会館、市民体育館、健康管理センター、保険勤労センター、柏ふるさと公園などの施設があり、病院への通院客以外にもかなりの需要がある。慈恵医大柏病院〜北柏駅間に停留所が無いのは、このあたり一帯が手賀沼周辺の低湿地帯で人家があまり無いことが理由として考えられるだろう。特に慈恵医大柏病院周辺は人家がなく、道路には「レース禁止」と言う看板が出ているくらいだ。
ちなみに昨年からノンステップ車が入るようになった。全線乗っても5分程度なので、昼間はノンステ車による往復運用となっている。また、最近根戸十字路が台田に、日立前が白山入口に改称されている。前者についてはかなり離れた場所に東武の同名の停留所があり、後者については日立精機の経営悪化に起因すると思われる。
慈恵医大柏病院にて
| 天王台駅北口〜川村学園女子大 天王台駅北口〜川村学園女子大〜大和団地 |

天王台駅北口−柴崎台三丁目−青山台三丁目−青山台一丁目−青山台二丁目−青山台四丁目−NEC日本電気前−川村学園女子大学前−梶池公園−大和団地入口−大和団地
1987年(昭和62年) 末? 阪東自動車、天王台駅北口〜川村学園女子大学線を新設。(年報)
1989年(平成元年) 5.15 阪東自動車、天王台駅北口〜川村学園女子大学線を大和団地まで延長。(年報)
天王台駅の北口から発車する。NECや女子大を沿線に有するため利用者が多い。天王台駅近辺は最近開発されたので、この路線の開業もかなり新しい。利用状況はかなり好調なようで、平成14年の改正では平日がかなり増発されている。
駅を出ると最近開発されたばかりの新興住宅地を抜け、利根川の近くで常磐線の高架下をくぐる。線路に面してNECと女子大があり、NEC前と川村学園女子大学前の停留所は100メートルほどしか離れていない。川村学園女子大学前でほとんどのバスが折り返し、ここから大和団地までは1時間に1本程度となる。梶池公園はNECの事業所に隣接した公園で、ここの交差点を過ぎると一面の水田が広がる。道は水田の中をひたすらまっすぐ進む。1キロほど進むと突然新興住宅地が現れ、終点の大和団地へ到着する。団地といってもマンションがあるわけではなく、普通の住宅地である。大和団地から成田線湖北駅までは10分ほど歩けば行ける。本数の少ないバスを待つよりは、湖北駅から成田線に乗り我孫子に出たほうが速いような気がする。
昭和50年ごろの我孫子市五ヶ年計画によると、梶池公園の先の十字路で右折し、そのまま直進して湖北台団地に乗り入れる計画があったようだ。

梶池公園〜大和団地入口間。バスの時間を入れても上野まで1時間かからないのだが、本当に田んぼしかない。(梶池公園側から)
| 布佐駅〜スポーツセンター 布佐駅〜スポーツセンター〜新木駅南口 新木駅南口〜スポーツセンター |
布佐駅南口−和田前公園入口−佃−近隣センター前−南公園−南小学校−長丁−スポーツセンター前−原地−森の公園入口−新木駅南口
1986年(昭和61年) 10.1 布佐駅南口〜スポーツセンター前線を新設。我孫子駅〜東我孫子車庫〜天王台駅〜木下駅線布佐駅南口乗り入れ開始。(年報)
2002年(平成14年) 3.11 スポーツセンター前〜新木駅南口間を延長。
布佐駅の南口に平和台住宅が造成されたことにより運行開始となった系統。当初最終入居予定は972戸であった。現在本数は立地条件のわりにそこそこ多い。以前はスポーツセンターで行き止まりであったが、新木駅南口周辺の区画整理事業が平成13年冬に完了したことを受け、平成14年3月11日よりスポーツセンター〜新木駅間が延長された。延長されたのは旧来のスポーツセンター折り返し便の約4割で、新木駅〜スポーツセンター間の折り返し便も新たに設定されている。新木駅の南口は開発の初期段階にあり、スーパーと交番が目立つ程度であった。なお、昭和50年ごろの我孫子市五カ年計画では新木駅付近を循環する計画だったようだが、現在周辺道路は整備されておらず、実現の見通しは低いと思われる。

| 柏駅東口〜戸張 |
柏駅東口−駅入口(柏二丁目)−長全寺−柏六丁目−柏文化会館入口−葉山−第五小学校前−東台−柏学園前−柏日体高校入口−戸張
1965年(昭和40年) 7.25 東武バス、柏駅東口〜戸張間を開業。(柏市史)
2000年(平成12年) 10.1 東武バス、柏〜戸張間の経路を変更し、巻石堂前、柏公園入口停留所を廃止。
2002年(平成14年) 4.1 阪東自動車に移管。あわせてルートを商工会議所経由から長全寺経由に変更。
柏文化会館入口から国道16号線に乗り入れて、東台からは大型車同士がすれ違えないような狭い道を走る系統。昭和40年7月25日開通。柏文化会館入口はかつて柏車庫があったところで、柏駅東口からの区間便と、柏駅西口からの出入庫便も運行されていた。また1本だけ柏駅西口〜戸張と言う系統もあったようだ。東台からの道は中央線も無いようない狭さだが、こんな道でも大型車で運行している。なぜ路線バスが走るのかわからないような道路だが、周囲に高校が多く、また住宅も多いので、それなりの利用があるのだろう。終点の戸張はY字路の中に停留所があり、折り返しできるようになっている。周辺には特に何も無く、「これ以上行けそうも無いし、この辺でやめときましょ」という感じである。
平成12年10月1日に経路変更が行われ、それまで通っていたよりも南東の道を走るようになった。郵便局の前を通る道で、阪東バスと同経路だ。柏文化会館入口は阪東バスとほぼ同じ場所に移設され、これまで休日のみ経由していた商工会館前停留所も移設され全便が経由するようになった。これにともない巻石堂前、柏公園入口停留所は廃止されている。廃止された経路は柏駅から柏車庫への出入庫系統も経由していたのだが、なにぶん渋滞が激しく、定時運行が不可能であった。そのため平成12年10月に商工会議所経由に変更され、定時性は幾分確保しやすくなった。そして平成14年4月には阪東自動車に移管されることとなり、あわせてルートも大津ヶ丘方面行と同経路に変更され、商工会議所前停留所は廃止されている。特に採算の悪い路線ではないと思われるが・・・。

東台からはこんな道

戸張付近。ホテルの看板がなんとも言えない。
| 北柏駅南口〜向山〜パークシティー守谷(関鉄と共同運行) 北柏駅南口〜パークシティー守谷(関鉄と共同運行) |
北柏駅−北柏駅入口−根戸十字路−布施入口−古谷−戸頭南−(向山 戸頭団地西経由は通過)−戸頭公園前−戸頭団地西−パークシティ守谷入口−いちょう通り中央−パークスクエア前−みずき野野球場前−桜の森公園前−けやき通り中央−さくらんぼ公園前−パークシティ守谷
1985年(昭和60年) 8.26 東武バス(柏)、北柏駅〜向山〜パークシティ守谷線、北柏駅〜戸頭団地西〜パークシティ守谷線を新設。(年報)
2002年(平成14年) 4.1 阪東自動車に移管。
阪東と関東鉄道の共同運行路線である。かつて東武は茨城県にも広大な路線網を有し、水戸などにも顔を出していたのだが、相次ぐ撤退によりもはやこの系統が最後の茨城県乗り入れ系統になってしまった。そして平成14年には阪東自動車に移管され、東武は茨城県から完全に撤退し、同時に阪東が初の茨城進出を果たしている。移管に伴う改正はない。
運行開始は昭和60年8月26日である。北柏から新利根橋有料道路を渡り、茨城県守谷町まで足を伸ばす。新利根橋有料道路は一般車だと200円取られるが、自転車なら無料である。しかし、この橋を避けるなら国道6号線で取手まで出るか、野田から渡らなければならない。時間が惜しければ金を払えということなのだろう。有料道路に入るのは古谷からである。そして利根川の長い橋を渡りきれば料金所があり、ここからは茨城県である。有料橋の出口付近、戸頭西バス停近くの交差点には真新しいジャスコがある。ここで右折して戸頭団地を経由する系統と、そのまま直進してパークシティ守谷に向かう系統に別れるが、本数的には前者の方が多い。このあたりのバス停は関鉄のもので、停留所名もマジックで手書きだ。
関東鉄道常総線の踏切の手前で両系統が合流し、踏切を渡る。常総線は全国でも珍しい非電化の複線区間がある。始発駅の取手から水街道までの区間がそうで、この踏切も複線だ。実はこの踏切から200メートルほど離れたところに南守谷駅があるのだが、この路線は駅をまったく無視しており、経由しないどころかこの付近にバス停も設置していない。次のパークシティ守谷入口からはパークシティ守谷内をコの字状に循環する。終点のパークシティ守谷は町の一番奥にある。
このあたりのひらがな地名はニュータウンにありがちだが、パークシティ守谷のそれは徹底している。関東鉄道常総線を無視しているあたり、ここは茨城であって茨城ではないと感じた。ひらがな地名の多さも茨城県のイメージを払拭しようと躍起になっているあらわれだろう。歩道脇の側溝のふたに刻まれた「茨」の文字だけが、ここが茨城県であることを主張しているようだった。

有料道路の千葉県側。東武バスの車両が利根川を渡り、千葉県に帰ってきた。

北柏に到着したワンステップ車
19??年(昭和??年) ? 木下駅〜我孫子〜国立田中療養所(現市立柏病院)間の運行を開始。
1969年(昭和44年) 2 阪東バス、柏駅西口〜船戸木戸間を開業。(柏市史)
1998年(平成10年) 4.1 阪東バス、柏駅西口〜船戸木戸、東我孫子車庫〜船戸木戸間を廃止。(千葉バス・みもみ)
根戸〜花野井木戸〜北花崎〜船戸木戸間は東武バスの路線に乗り入れていたが、東武バスとのエリア調整により廃止された。この他に柏駅西口〜北花崎間の区間便や柏駅〜柏市立高校間の系統もあった。さらにその前には木下駅〜我孫子〜国立田中療養所(現市立柏病院)と言う路線もあった。みもみのページによれば東我孫子車庫〜船戸木戸という系統などもあったらしいが現在のところ未確認である。バス停によっては今でも阪東バスの文字が残っている。終点の船戸木戸には折り返し場の跡も残っており、自動販売機が置かれていた。
いつごろから走り出したのかは良く分からないが、昭和45年4月13日に廃止されている。北柏駅〜根戸十字路〜我孫子駅入口間は現在も慈恵医大線の出入庫系統として残っている。
我孫子駅〜布佐駅南口〜布佐小学校−坂下−布佐駅入口−都町−糀屋−布佐三丁目−仲町−六軒四ツ角−栄町−木下駅
上記の記事を参照のこと。
手賀沼に手賀大橋が架かる前に運行されていた系統で、県営渡船場停留所は現在の市役所付近だと思われる。県営なのは船取県道の我孫子側と沼南町側を結ぶ渡し舟だからだろう。昭和39年発行の全国バス路線要覧で確認できるが、運行開始年月日は不明。
他に平成元年度の時点で木下出張所が担当していた路線は次の通り。(千葉県バス協会発行の路線図による)
木下駅〜小林駅〜京成佐倉駅〜JR佐倉駅
木下駅〜荒野〜仲の台
JR佐倉駅〜京成佐倉駅〜湖畔荘
木下駅〜岩戸〜京成臼井駅 大廻新道〜京成臼井駅
| 千葉&葛飾路線バス時刻表 東武バスガイドへ ホームへ |