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東武バス千葉東葛地域 廃止路線

みもみ氏、桜井氏、あかね台氏、関宿町役場各位から情報を提供していただきました。御礼申し上げます。

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 柏20 柏駅〜泉町〜千代田町〜柏駅・柏駅〜泉町〜柏第五小学校前(平成13年2月10日廃止)

1957年(昭和32年) 2.20 東武バス、東口市内循環柏〜泉町〜荒工山〜柏間を開業。(柏市史)
1980年(昭和55年) 7.1 東武バス、亀甲台循環柏駅〜泉町〜亀甲台中央〜東町〜柏駅線を新設。(広報柏)
1980年(昭和55年) 7.1 東武バス、亀甲台循環の運行開始にともない緑ケ丘循環の桜台・柏車庫経由を減らし、東町経由に振り向ける。(広報柏)
1991年(平成3年) 5.15 東武バス(沼南)、名戸ヶ谷車庫を新設。(社史)
19?年(平成?年) ? 亀甲台循環を名戸ヶ谷折り返しに変更。
2001年(平成13年) 2.11 緑ヶ丘循環と柏〜第五小学校線を廃止し、柏〜千代田町〜緑ヶ丘〜名戸ヶ谷線を新設。

 柏駅の東側を回る循環系統。緑ヶ丘のそばには柏レイソルのホームグラウンドである日立総合グラウンドがあり、大きな公園もある。
 昭和32年2月20日の開業当時の経路は現在と異なり、柏駅東口〜富里町〜緑ケ丘〜千代田町〜荒久山(現桜台?)〜柏駅東口となっていた。現在荒工山という停留所は存在しないが、現在の桜台付近に荒工山団地があり、これが昭和31年7月16日に入居が始まっていることから、荒工山とは現在の桜台であると考えて間違いないだろう。当時の市内循環は現在の桜台、第五小学校前を経由し、柏車庫(現柏文化会館入口)を通って柏駅に戻っていたのである。その後昭和55年7月1日の亀甲台循環線の開設に伴い、第五小を通らず東町を経由する単絡線が新設され、旧来の第五小経由便はかなり減便された。第五小学校、柏車庫経由便はその後も減便されつづけ、いつしか第五小学校止まりとなり、柏車庫を通って柏駅に戻る系統が消滅してしまった。末期は第五小学校前へ向かう系統は完全な出入庫系統となり、朝夕のみ運行されていた。第五小前で客を降ろしたバスはそのまま右折して国道16号線に入り沼南車庫へ向かうのだろう。現在の沼南車庫が移転する前は現在の柏文化会館入口付近に柏車庫があり、第五小学校前から結構近かった。

 柏市内循環線の乗客数は安定しており、本数も1時間に3〜4本確保されていたのだが、いかんせん旧水戸街道の渋滞がひどく、定時運行は不可能に近い状態だった。そのため市内循環は平成13年2月10日に廃止となってしまい、既存の柏28の名戸ヶ谷線の増便と千代田町経由の名戸ヶ谷線の新設という形で再編された。旧水戸街道を通るということ自体は変わらないのだが、名戸ヶ谷折り返しにしたことで何か効果があるのだろうか。


松戸駅〜葛飾橋東詰〜久兵衛〜戸ヶ崎〜大瀬〜花畑 東武バス

1945年(昭和20年)2.9 東武バス、花畑乗合自動車株式会社を合併。松戸〜花畑、草加〜花畑、亀有〜戸ヶ崎〜草加、北千住〜大谷田、花畑〜北千住線。(社史)
1964年(昭和29年) 3.25 東武バス、松戸駅〜葛飾橋東詰〜久兵衛〜戸ヶ崎〜大瀬〜花畑間の運行を開始。(広報まつど)
昭和46年ごろ 廃止。

松戸駅−松戸一丁目−春雨橋−角町−葛飾橋東詰−金町ゴルフ場−桜土手−高須−高須大入−久兵衛−小合溜−寄巻−吹上−戸ケ崎十字路−潮止橋東詰−潮止橋西詰−六ツ木(現 古新田)−花見橋−桜木橋−排水場前−雪見橋−神明町−花畑車庫

当時の市街地商店会や商工会議所、市会内東部バス循環路線実現促進委員会などが運動した結果運行開始となった路線で、松戸から江戸川を渡り、東京都と埼玉の境界線上を走って足立区の花畑に至る路線である。東武鉄道の社史によれば昭和20年2月9日に花畑乗合自動車株式会社を合併し、松戸〜花畑、草加〜花畑、亀有〜戸ヶ崎〜草加、北千住〜大谷田、花畑〜北千住間の各線を傘下においているから、正確に言えば「復活」ということになろう。昭和29年当時の段階では戦争末期から終戦時にかけての燃料不足のため運行が休止されていたものと思われる。復活の背景にはもともと松戸の商圏に入っていた現三郷市南部に路線バスを走らせることによって松戸の商圏を再び拡大しようと言う思惑があったのだろう。終点の花畑は花畑車庫のことで足立区の北部にある。東武線の谷塚駅に近い。運行開始当時は1日9往復で松戸始発が6時30分、終発が18時30分であった。その後10往復に増発されたものの客足が伸び悩み(昭和31年度の年間利用車数は82,034人で松戸市内に乗り入れる路線では最低)、昭和33年の松戸市市政要覧では早くも姿を消してしまう。しかし足立区史によると昭和42年5月の段階ではまだ存続しており、昭和43年の松戸市市政要覧の路線図ではしっかりと「花畑へ」と書かれていたりする。だからいつ頃廃止されたのかは分からないが、陰の薄い路線であったようだ。


柏車庫(現柏文化会館入口)〜小金〜馬橋〜松戸駅  東武バス

1928年(昭和3年) 7.5 栄自動車、松戸町小山〜我孫子間で乗合自動車を運行開始。(柏市史)
1930年(昭和5年) 7.1 栄自動車、柏〜松戸間に乗合自動車を4往復運行開始。(柏市史)
1931年(昭和6年) 1月 栄自動車、柏〜松戸間を14往復に増発。(柏市史)
1935年(昭和10年) ? 栄自動車 柏〜松戸間、柏〜増尾間の運行を開始。(柏市史)
1936年(昭和11年) 3.20 栄自動車、総武鉄道(現在の野田線を運行)に6万円で営業権を譲渡。柏〜松戸間も譲渡される。(柏市史)
1940年(昭和15年) 4. 総武バス、松戸〜柏間の路線を休止。(柏市史)
1944年(昭和19年) 3.1 総武鉄道、東武鉄道と合併。合併当時柏〜松戸間は休止中。(柏市史)
1946年(昭和21年) 6.1 東武バス、松戸〜柏駅東口間の運行復活。(柏市史)
1971年(昭和46年) 12.23 東武バス、柏車庫〜小金〜馬橋〜松戸間廃止認可。柏車庫〜北小金間に短縮。(柏市史)
199?年(平成?年) ?  東武バス、南柏で路線を分割し、南柏駅〜北小金間のみの運行となる。

柏から旧水戸街道(陸前浜街道)を南下し、北小金駅入口を経由して国道6号線に入ったのち、北松戸の南で旧水戸街道に入って松戸駅の西口に出ていた路線である。北松戸の競輪客を見込んでいたのは間違いない。馬橋駅入口を経由したかどうかは不明である。また総武自動車時代は松戸駅折返しでなく、松戸市の各町停留所付近に車庫を設けそこで折り返していた。柏駅〜南柏駅間と南柏駅〜北小金間は現在も東武バスが走っており、北松戸〜松戸間は新京成バスの当時の松戸〜市立病院線とほぼ同一だろう。この路線は昭和46年12月23日に廃止の認可が下りており、柏車庫〜北小金駅間に短縮されている。昭和46年といえば4月に常磐線の複々線化が完成し、各駅と千代田線の相互乗り入れが始まった年である。当時は今と違って快速・中電ともに柏を通過していたが、1時間5本(今と同じである)の各駅に乗れば松戸〜柏が15分ほどなので、松戸と柏を結ぶバスの存在価値はほとんどなくなってしまったと言える。また国道6号線の渋滞が当時激しさを増していたことも廃止の一因だろう。南柏駅から柏車庫まで乗り入れなくなったのがいつなのかは分からないが、おそらく最近のことと思われる。南柏03氏から頂いた情報によると平成6年頃とのことだ。


柏駅西口〜南柏駅(西口)〜北小金駅 東武バス

1958年(昭和33年) 2.6 東武バス 柏駅西口〜松戸駅間を開業。(柏市史)
?年  松戸まで乗り入れなくなる。
1971年(昭和46年) 10.20 東武バス、柏駅西口〜南柏駅西口〜北小金間廃止認可。(柏市史)

上記の系統と違いこちらは柏から国道6号線を根木内まで走り、北小金駅前に至っていた。開業当初は松戸駅まで乗り入れていたらしい。また昭和39年頃は我孫子駅から北小金駅までスルー運行をしていたようだ。国道六号線は南柏と北小金の間で常磐線をまたぐのだが、このあたりは今も昔も住宅が少なく、あまり客が乗ったとも思えない。柏駅西口〜北小金駅間は昭和46年10月29日に廃止が認可されている。どうやら南柏の駅前には乗り入れていなかったようだ。


柏駅西口〜我孫子駅 東武バス

1959年(昭和34年) 11 東武バス、柏駅西口〜我孫子駅線を開業。(柏市政要覧)
1970年(昭和45年) 4.13 東武バス、柏駅西口〜呼塚〜根戸〜我孫子間廃止認可。(柏市史)

柏駅西口から国道6号線をとおり、北柏駅付近からは阪東バス北柏駅〜東我孫子車庫間の経路と同じ道を走っていた。この路線が存在したころはまだ北柏駅が開業しておらず、北柏・根戸周辺はバスが唯一の公共交通だった。ただ今のようにマンションが林立し出したのは昭和50年以降のことで、昭和40年代は人家が少なく、バスの需要もあまりなかった。本数も少なく、最盛期の昭和39年頃でも7往復、末期はわずか3往復だった。そんなわけで北柏駅か開業する1年前にあえなく廃止されている。昭和39年頃は我孫子から北小金駅までの運行があったらしいが、詳細は不明。


柏駅西口〜豊四季駅〜富士見町〜流山駅〜番場〜大広戸(三郷市)〜八条橋〜草加駅 東武バス

1955年(昭和30年) 9.3 東武バス、柏〜豊四季〜富士見町〜流山〜草加間を開業。(柏市史)

柏駅〜豊四季駅間は現在の柏〜初石線、豊四季駅〜流山駅間は現在の柏駅〜南柏駅〜流山駅線と同じ経路を走る。昭和39年(1964年)の段階では存在を確認できる。その後三郷市の大広戸止まりに短縮され、1日5往復という状態で昭和51年まで運行していたようだ。大広戸から草加までは22往復運転されていたが、その後三郷駅〜松原団地駅間の運行となり、年々本数が減らされて今や1往復しかない。
 廃止の要因は武蔵野線開通による存在価値の低下、三郷と流山を結ぶ流山橋の渋滞といったものだろう。草加まで行かなくなった時期は良く分からないが昭和46年以前であることは間違いない。


柏駅西口〜花野井〜若柴〜高田原〜初石駅〜桐ケ谷〜流山駅〜番場〜大広戸 東武バス

1957年(昭和32年) 11.16 東武バス、柏〜花野井〜流山〜大広戸間を開業。(柏市史)
1970年(昭和45年) 12.23 東武バス、柏駅西口〜花野井〜大広戸間廃止認可。(柏市史)

こちらも昭和39年(1964年)の段階では存在を確認できる。はっきり言って滅茶苦茶遠回りなのだが、利用者はいたのだろうか。ちなみにこの系統は武蔵野線新松戸〜府中本町間が開通する3年前の昭和45年12月23日に廃止認可が下りている。


江戸川台東四丁目〜江戸川台〜流山広小路〜大広戸 東武バス

1962年(昭和37年) 12月 東武バス、江戸川台〜流山広小路〜大広戸線を開業(三郷市史)
1963年(昭和38年) 5 東武バス、江戸川台東四丁目〜流山広小路〜大広戸線を開業。(広報流山)
1976年(昭和51年) 1月 東武バス 江戸川台〜流山〜大広戸線を廃止。(三郷市史)

江戸川台から県道松戸野田線に出て南下し、新流山橋を通って三郷まで行っていた系統。三郷市史と広報ながれやまで開業年月日にずれがある。広報ながれやまの開業年月日が正しいのだろうが、江戸川台駅から江戸川台東四丁目まで延長されたのが昭和38年5月ということも考えられなくは無いので両方載せておいた。『広報ながれやま』昭和38年5月25日号に開通当初の時刻表があるのだが、開通年次が書いていないので詳しいことはよく分からない。また、『広報ながれやま』の記事では起点が江戸川台東四丁目になっている。停留所の正確な場所は不明だが、江戸川台東四丁目自体は駅から一キロ弱はなれたところにある。いつごろ江戸川台駅発着に短縮されたのかも不明である。昭和50年8月には東武と京成の間で調整が行なわれ、京成が松戸〜江戸川台間、東武が流山〜野田市駅間の運行となったが、この系統はそのまま生き残り、昭和51年までがんばったようだ。昭和48年4月の武蔵野線開通から3年以上粘ったものの、いかんせん武蔵野線ができてしまうとこの路線の存在価値が失われたも同然になってしまい、廃止もやむを得ない選択であったろうと思われる。
 以下に昭和38年5月現在の時刻表を記す。流山広小路発の本数が多いのは、柏〜豊四季〜流山〜江戸川台線も含んでいるからかもしれない。

江戸川台東四丁目発 流山広小路発
時刻 行先 時刻 行先
7:25 流山広小路 7:01 江戸川台
8:11 大広戸 7:44 江戸川台
11:41 流山広小路 8:54 江戸川台
15:30 大広戸 11:09 江戸川台
16:13 流山広小路 12:05 江戸川台
16:58 流山広小路 14:37 江戸川台
17:48 流山広小路 15:44 江戸川台
    16:31 江戸川台
    17:20 江戸川台
    18:06 江戸川台

また、一時期東武バスが柏〜流山〜江戸川台間の路線を運行していたが、廃止時期は不明である。


柏駅東口〜公園入口〜柏車庫(東武バス)
柏駅西口〜市役所〜柏車庫 (東武バス)

1965年(昭和40年) 2.6 東武バス、柏駅東口〜公園入口〜柏車庫、柏駅西口〜市役所前〜柏車庫間を開業。(柏市史)

柏駅からの出入庫系統で、柏車庫は現在の柏文化会館入口停留所である。柏車庫は現在BOOKOFFやかねたやになっている。ある。西口については知らないが、東口発着便については平成4年に柏営業所が沼南町に移転するまで存続していたはずである。本数は以外と多く、昭和53年の段階では東口発着便が38往復、西口発着便が29往復であった。ただし東口については柏駅〜戸張線の区間便としての役割も果たしていたのでそれなりの利用もあったのだろうが、西口発着便は一旦線路を渡って国道16号線を少し走って柏車庫に入庫するのでかなり遠回りであった。市役所も東口にありバスよりも歩いたほうが早かっただろう。


野01 野田市内循環(内回り・外回り) 東武バス

市役所−庚申塚−保健所−愛宕駅−愛宕神社−中央出張所−中野台−鹿島神社−中野台入口−さくら通り入口−香取神社−下町−総武通運前−野田市駅(野田車庫)−中根鹿島神社−中根−法務局入口−宮崎市営住宅−市役所

1993年(平成5年) 7.26 東武バス(野田)、野田市内循環線市役所〜野田車庫〜市役所〜愛宕〜中野台〜下町〜野田車庫間を受託。(社史)
1997年(平成9年) 9.30 東武バス(野田)、野田市内循環線を廃止。

平成5年に野田市役所が現在の場所に移転したことを受け運行開始となった系統。移転前は現在の中央出張所停留所の近くに市役所があった。内回りと外回りがあり、両者ともに市役所を起終点とする。コースは内回りの場合市役所前のロータリーから庚申塚を経由して愛宕駅に至り、中央出張所、中野台、下町を経由して野田車庫の前を通り、市役所へと1周していた。また内回り外回りとも一部野田市駅発着の便があった。
野田市内循環には庁舎移転に伴う市民の利便性確保のほかに、障害者福祉対策という目的もあり、そのため協議段階では野田市側からリフトつき超低床バスによる運行と言う要望が出されていた。しかし「労働条件の変更等々の社内事情があり、いわゆるリフトつきバスの運行には時間がかかる」ため、結局普通の路線バスとして運行されることになった。運行時間は9時から17時までで、市役所が開いていない土休日および年末年始は運休する。はっきり言って便利とはとてもいいがたいダイヤであり、そのせいか客がつかずわずか4年ほどで廃止となった。普通の路線バスとしてではなく最初から自治体のコミュニティバスとして運行していたら、ここまで短期間で廃止されなかったかもしれない。

野田市内循環時刻表 平成5年7月26日現在 「平成5年8月15日付 のだ市報より」
内回り 外回り
市役所発 愛宕駅 中央出張所 野田市駅 市役所着
10:05 10:10 10:13 10:23 10:29
11:10 11:15 11:18 11:28 11:34
11:40 11:45 11:48 11:58   
13:45 13:50 13:53 14:03 14:09
14:17 14:22 14:25 14:35  
15:48 15:53 15:56 16:06 16:12
16:55 17:00 17:03 17:13  
  
市役所発 野田市駅 中央出張所 愛宕駅 市役所着
  9:07 9:17 9:20 9:25
9:30 9:36 9:46 9:49 9:54
10:37 10:43 10:53 10:56 11:01
  12:50 12:57 13:00 13:05
13:10 13:16 13:26 13:29 13:34
15:15 15:21 15:31 15:34 15:39
16:20 16:26 16:36 16:39 16:44

野08 北越谷駅〜紫ゴルフ場 東武バス

北越谷駅〜愛宕駅−保健所前−市役所−宮崎市営住宅−法務局入口−新中根−コカコーラ本社前−紫ゴルフ場入口−アヤメハウス−紫ゴルフ場(スミレハウス)

 平成11年11月10日に「休止」された路線。「休止」なので消えてしまったわけではないのだが、復活の見込みは無く事実上の廃止だろう。野田市内循環の廃止後は野田市内で唯一市役所の目の前に乗り入れる系統で、それなりに利用価値があるようにも思えるが、いかんせん紫ゴルフ場行が朝2本のみでは使い物にならない。文献によっては終点が「柴ゴルフ場」となっているものもあるがこれは間違いで、正しくは「紫(むらさき)ゴルフ場」である。


野田市駅〜本郷〜福田中学校〜大利根温泉  東武バス

野田市駅〜木野崎入口−三角橋−新町−本郷−浅間台−保木間−福田小前−福田中前−三ツ堀−香取神社−大利根温泉

現在の電建第一住宅経由ができるまでは、電建住宅経由、木野崎入口経由のほかに、木野崎経由の経路の3本建てで運行されていたらしい。野田市駅前のバス停には、この系統をテープで消し、電建第一住宅経由の系統を新たに書き加えていた。

みもみ氏から頂いた情報によれば、昭和62年ごろ2往復あり、全便野田〜大利根温泉間の運行だったそうだ。現在残っている系統に比べ、若干遠回りになる。したがって、電建経由が新たに登場してしばらくの間は、現在の木野崎入口経由とあわせ、3系統が並存していたことになる。


野田市駅〜蕃昌〜木間ヶ瀬局〜日枝神社前〜東宝珠花
野田市駅〜蕃昌〜木間ヶ瀬局〜日枝神社前〜春日部駅

野田市駅〜蕃昌−多賀神社−船形−船形十字路−阿部−下大山−大山−下根−木間ヶ瀬局−木間ヶ瀬小−鹿島前−鴻巣−羽貫−日枝神社〜東宝珠花

1991年(平成3年) 4.14 東武バス、野田市駅〜木間ヶ瀬〜東宝珠花線を休止。

 何故か首都圏広域市街地図集98年版(人文社)に掲載されている。野田市駅から北上し、蕃昌で県道17号結城野田線から別れて現在朝日バスが走っている県道よりも利根川寄りの県道7号我孫子関宿線を走る。そして日枝神社で再び県道17号に戻って市街地を南下し、東宝珠花で折り返していた。その他に日枝神社折り返し便と言うのもあったらしい。
 結構昔からあるらしいのだが、いつ頃走り出したのかは不明である。少なくとも昭和38年度版の『全国バス路線要覧』には掲載されているのでそれ以前であろう。関宿町役場の方からうかがった話によると、この路線は平成3年4月14日に休止され、末期の本数はわずか2本だったとのことである。また「みもみのページ」の相原氏は昭和62年頃に自転車で全区間を走破なさっており、当時すでに2往復で、しかも時刻表がかすれてほとんど読めないような状態だったそうだ。おそらく休止までの相当長い期間2往復のまま放置されていたのだろう。

また、昭和38年の段階では野田市駅〜木間ヶ瀬局〜日枝神社前〜春日部駅という系統も1日3往復だけ存在したようだ。


東武バス 我孫子駅〜並塚〜柳戸〜手賀

我孫子駅−駅入口−千葉銀行前−役場前−子の神入口−並塚−手賀沼公園入口(現市役所)−渡船場入口−箕輪−岩井−鷺野谷−染井新田−学校前−泉−柳戸−一ツ井戸−東台−八幡前−手賀

1968年(昭和43年) 6.16 東武バス、我孫子駅〜並塚〜岩井〜柳戸〜手賀線を開業。(広報あびこ)
1971年(昭和46年) 5.20 東武バス、我孫子駅〜柳戸〜手賀間を廃止。(広報あびこ)

手賀沼大橋完成から数年後の昭和43年6月26日に運行を開始した路線。「沼南町と20年前と同じようなお付き合いができるようになった」と言う当時の我孫子町長の言葉も空しく、わずか3年後の昭和46年5月20日に廃止されてしまった。異例の見切りの早さであるが、柳戸や手賀からは柏に向かうバスが出ている以上、わざわざ我孫子まで出ようとする人はほとんどいなかったようだ。参考までに開業当時の広報あびこに載っていた時刻表を掲載する。

手賀始発 柳戸始発 我孫子駅着 我孫子駅発 柳戸着 手賀着
7:25 - 8:00 8:00 8:25  
  8:45 9:10 9:10 - 9:45
9:50 - 10:25 10:25 10:50  
  11:00 11:25 11:25 11:50  
  14:35 15:00 15:00 15:25  
  15:35 15:55 15:55 - 16:30
16:35 - 17:10 17:10 17:35  
  18:10 18:35 18:35 - 19:10


開業当時の様子。(1968年版 我孫子町政要覧)

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