東武バスガイド      千葉&葛飾路線バス時刻表

東武バスイースト 沼南営業所


1.概要

東武バスイースト沼南営業所は主に柏駅東口と南柏駅東口発着の路線を担当する。現在の場所に置かれたのは平成元年4月1日で、それ以前は柏駅東口の国道16号線沿いにあり、名前も柏営業所だった。ほとんどが住宅路線だが、沼南町を横断する長距離系統もある。柏市内循環と、光ヶ丘・酒井根へ向かう系統の本数が多い。


沼南車庫


2.路線紹介

名戸ヶ谷線(旧緑ヶ丘循環・名戸ヶ谷線)

柏20 柏駅東口〜千代田町〜緑ヶ丘〜名戸ヶ谷
柏28 柏駅東口〜常盤台〜緑ヶ丘〜名戸ヶ谷
柏29 柏駅東口〜東町〜新田原〜名戸ヶ谷

廃止系統 柏20 柏駅東口〜常盤台〜千代田町〜柏駅東口(H13.2.10廃止)
       柏20 柏駅東口〜常盤台〜千代田町〜第五小前(H13.2.10廃止)

1957年(昭和32年) 2.20 東武バス、東口市内循環柏〜泉町〜荒工山〜柏間を開業。(柏市史)
1980年(昭和55年) 7.1 東武バス、亀甲台循環柏駅〜泉町〜亀甲台中央〜東町〜柏駅線を新設。(広報柏)
1980年(昭和55年) 7.1 東武バス、亀甲台循環の運行開始にともない緑ケ丘循環の桜台・柏車庫経由を減らし、東町経由に振り向ける。(広報柏)
1991年(平成3年) 5.15 東武バス(沼南)、名戸ヶ谷車庫を新設。(社史)
19?年(平成?年) ? 亀甲台循環を名戸ヶ谷折り返しに変更。
2001年(平成13年) 2.11 緑ヶ丘循環と柏〜第五小学校線を廃止し、柏〜千代田町〜緑ヶ丘〜名戸ヶ谷線を新設。

柏駅の東口から名戸ヶ谷へと向かう系統。かつては緑ヶ丘循環を名乗り、駅東部を循環していた。しかし道路混雑により定時性が確保できないことを理由として廃止された。その代替として既存の柏〜常盤台〜名戸ヶ谷線3倍増となり、宙に浮いた形のNTT住宅と千代田町を経由し名戸ヶ谷に向かう系統が新設され、現在に至っている。千代田町経由便の系統番号は市内循環のものを引き継いだが、本数は大幅に減らされ、1時間に1本弱となってしまった。結局どの停留所をとっても市内循環の廃止前に比べ減便されてしまった。本数の増えた常盤台経由便も渋滞スポットである旧水戸街道を通る点では変わらないわけで、定時性確保が困難なことも変わらない。

 循環線だったころは朝夕数本だけ柏〜緑ヶ丘〜第五小学校間の便があった。現在の沼南車庫が移転する前は現在の柏文化会館入口付近に柏車庫があり、第五小学校前から結構近いため、出入庫便としての役割を果たしていたようだ。車庫が沼南に移転した後も朝夕のみの運行され、出入庫路線として生きながらえていた。終点の第五小学校前は国道16号線の交差点の手前にあり、ここで客を下ろしたバスはそのまま右折して沼南車庫へ向かうのである。 

 開通から現在に至るまでのルート変遷は以下に示すとおりである。循環線時代最後のルート変更は昭和55年7月1日で、亀甲台循環線の開通に伴うものであった。ただし柏車庫経由便は本数が減らされたもののこの時点で廃止されたわけではないようだ。
 柏〜新田原〜名戸ヶ谷線は遠回りせずにまっすぐ名戸ケ谷へ向かい、途中まで柏26南柏行と同じ経路をたどる。終点の名戸ヶ谷には平成3年5月15日に開設された小さな車庫がある。旧柏営業所が沼南町に移転し、柏駅から5キロ以上離れているため、あまりにも遠いということで新設されたのであろう。車庫の周りには病院があるくらいでほかに何も無い。本数は少なくいかにも出入庫便らしいダイヤとなっている。


 

 1.昭和32年開通当時
昭和34年の段階では1日57本であったが、昭和45年になると100本を越えるようになった。また千代田町経由第五小前行の出入庫便も存在したようだ。また桜台は開通当時荒工山と呼んだらしい。現在の桜台付近に荒工山団地があり、これが昭和31年7月16日に入居が始まっていることから、荒工山とは現在の桜台であると考えて間違いないだろう。

 

 2.昭和55年7月1日以降
日立寮前、亀甲台中央の2停留所が新設され、亀甲台循環の運行が始まった。あわせて市内循環の経路が変更され、新たに東町経由が新設された。本数は第五小学校経由と東町経由がほぼ半数ずつとなった。

 

  3.平成12年頃
柏車庫経由の循環線が廃止された日時は不明である。残った柏〜千代田町〜第五小学校線も出入庫便として朝夕に運行されるのみとなった。名戸ヶ谷は平成元年に柏営業所が沼南町に移転したことを受け、平成3年に新設されたもの。それほど大きな車庫ではない。東町からストレートに名戸ヶ谷方面へ向かうバスは新田原経由名戸ヶ谷行と柏26の南柏行を合わせても非常に少なかった。またこの時点で柏〜常盤台〜名戸ヶ谷線が柏洋スイマーズとなっているが、いつ経由するようになったかは分からない。

 

 4.平成13年2月12日以降
旧水戸街道(柏十字路〜泉町)の渋滞を理由に市内循環が廃止され、千代田町経由名戸ヶ谷行が新設された。既存の常盤台、緑ヶ丘経由名戸ヶ谷行は増便されているが、東町経由名戸ヶ谷行は平成12年12月25日の改正で減便されており、この改編では変化無しだった。

   
泉町付近。                             名戸ヶ谷の様子


手賀・布瀬・小野塚台線

柏22 柏駅東口〜大木戸〜小野塚台
柏23 柏駅東口〜大木戸〜岩井〜手賀
柏24 柏駅東口〜大木戸〜若白毛〜手賀
柏25 柏駅東口〜大木戸〜若白毛〜布瀬
柏27 柏駅東口〜大木戸〜若白毛〜手賀の丘公園

1936年(昭和11年) 3.20 栄自動車、総武鉄道(現在の野田線を運行)に6万円で営業権を譲渡。譲渡された路線は柏〜流山、柏〜運河(水堰橋)、柏〜松戸、柏〜大井、柏〜増尾、我孫子〜木下、我孫子〜布施。(柏市史)
1941年(昭和16年) 4.28 総武バス、柏〜大井間の運行を休止許可。(柏市史)
1944年(昭和19年) 3.1 総武鉄道、東武鉄道と合併。(柏市史)
1949年(昭和24年) 2.21 東武バス、柏駅〜若白毛〜手賀間を開業。(柏市史)
1958年(昭和33年) 2.20 東武バス、柏〜若白毛〜布瀬、柏〜沼南役場、柏〜岩井〜手賀間を開業。(柏市史・沼南町史)
1962年(昭和37年) 10 柏駅東口〜手賀〜今井〜名内間を開業。(柏市史)
昭和50年代前半頃   柏駅〜名内入口間を廃止。(柏市統計)
1995年(平成7年) 2.11 東武バス(沼南)、柏駅東口〜若白毛〜手賀の丘公園間を新設。(社史)
2000年(平成12年) 12.25 東武バス(沼南)、柏〜大木戸線を小野塚台まで延長。柏〜高柳駅折返し便を新設し、柏〜自衛隊正門間の折り返し便を廃止。

沼南町周辺の路線図はこちら

 柏駅東口の4番乗り場から発車するが、ここの乗り場は行き先が様々で初めて乗る人は面食らうかもしれない。大まかに言えば大木戸から手賀・布瀬方面と沼南車庫・自衛隊方面の二方向に分かれている。大木戸までは本数が多く、住宅路線としての面が強いが、大木戸より先はローカル色が濃くなってくる。なお阪東バスの柏駅〜大津ケ丘団地線も同じような経路をたどるが、阪東バスは国道16号線を走り、東武バスは国道沿いの狭い旧道をこまめに停車しながら走る。小野塚台へは平成12年12月25日に大木戸から延長され、大木戸折り返し便が全便小野塚台まで乗り入れるようになった。雉子内の北方約700メートルのところにあり、周囲には小野塚台団地がある。

 手賀方面へ向かう系統は本数は多いがローカル色が濃い。県道55号柏印西線をひたすら東へ走り、沼南町の北東部をカバーする。かつて手賀行のほとんどが県道55号を外れて岩井を経由し、数本だけ他の系統と同じく若白毛を経由していた、しかし平成12年12月25日の改正で岩井経由便が大幅に削られてしまい、わずか5本しか無くなってしまったため、岩井経由手賀行も若白毛経由手賀行もたいして変わらなくなってしまった。若白毛経由は大木戸からまっすぐ進むが岩井経由は県道の北寄りを走り若干遠回りである。手賀沼にほど近いアップダウンのある田舎道だ。

 沼南町手賀地区に至るルートが開業したのは昭和24年2月21日である。当時は若白毛経由のみで、県道をまっすぐ走っていた。現在1日数本しかない柏24系統がこの路線のルーツなのである。その後昭和33年2月20日に柏〜岩井〜手賀間と柏〜若白毛〜布瀬間の路線が新たに設けられた。これにより県道の北側にバスが走るようになった。その後長い間特に変化の無い時代が続いたが、平成7年2月11日に柏駅〜若白毛〜手賀の丘公園間の系統が新たに設けられた。これは当時走っていた泉入口折返し便を延長したものである。終点は森の中で公園まではかなりありそうだ。

 この路線の周辺には宅地化の波があまり押し寄せておらず、バスは非常にのどかな風景の中を走る。岩井、若白毛近辺は田んぼが多いが、泉あたりから木が多くなってくる、次第に森の中を走るようになり、とても東京30キロ県内とは思えないような道になる。手賀農協前あたりまで来るとコンビニすら無い。バスは森の中を走り、人家はほとんど無い。ところどころに「山火事注意」の看板が立っている。こんなところでも1時間に1本前後の本数が確保されているから不思議だ。県道から離れたところに人家があるのだろうか。東台で手賀への路線が別れるが、手賀付近にはお寺があるだけで、特筆すべきものは無い。「集落」という言葉がぴったり来る、そんな場所だ。東台から先はさらに何も無くなり、いったいこの先に人が住んでいるのか不安になるような雰囲気が漂ってくるが、小学校入口を過ぎると突然視界が開け、一面の田畑が広がる。彼方には千葉ニュータウンの銀色の高層ビルが望まれ、なんともアンバランスである。高野付近にはヤマザキストアがあり、これがコンビニと呼べないことも無い。この山崎ストアの横に古いトイレがあり、ドライバーが用を足せるようになっている。バスは新堀の手前で狭い田舎道に分け入り、しばらく走れば古い住宅が点在するだけの終点、布瀬に到着する。柏〜布瀬間の本数は少なく、開通後まもない昭和34年の段階では6往復だった。昭和40年代に11往復に増便され、平成12年11月現在は柏駅発が平日10本、布瀬発が平日12本である。平成12年12月25日の改正では平日は若干減で済んだものの、休日はばっさり減らされてわずか6本程度になってしまった。また、平成14年の改正では手賀行などが減らされ、手賀の丘公園行が増発されている。

 現在存在する系統のほかに、かつて柏駅東口〜東町〜刈込〜沼南〜手賀〜今井〜名内入口という系統もあったようだ。、柏〜名内線は『東武鉄道六五年史』によれば昭和37年5月22日に免許所得となっている。いつごろ廃止されたのかは明らかでない。名内は白井町北部の地名で手賀農協前停留所の真南にあたり、手賀農協手前の交差点で右折し、川を渡り白井町内に入っていた。この名内には京成バスが白井役場〜名内橋線を走らせており、京成の名内橋停留所と東武の手賀農協前は500メートルほどしか離れていない。東武バスの系統は京成バスの名内橋停留所をかすめた後西に向かい、今井停留所を経て終点の名内入口に至っていた。京成のテリトリー内に東武がなぜ分け入っていったのかはよくわからない。

 県内ナンバーワンの乗降客を誇る柏駅から出る路線とは思えないほどローカル色満点なのだが、それでも沼南町の人口増加を背景に本数がかなり増加している。『沼南町史』によれば、昭和52年9月現在、柏〜岩井〜手賀間が往路13本・復路16本、柏〜若白毛〜手賀間が往路5本・復路3本、柏〜若白毛〜布瀬間が往路11本・復路12本となっている。柏〜大木戸間は区間便13往復のほか、自衛隊循環が内回り外回り合わせて38本、自衛隊前折返し便が3往復あった。ただし平成12年12月25日の改正で末端部が減便され、特に自衛隊循環の循環部は風前の灯になっている。

  ・路線バス夢紀行 「手賀・布瀬編」に写真があります。

柏駅東口4番乗場のバス接近表示機


藤ケ谷・自衛隊方面沼南車庫・自衛隊循環線

柏22 自衛隊循環
柏22 柏駅東口〜自衛隊正門前(廃止)
柏22 柏駅東口〜大木戸〜自衛隊〜藤ケ谷新田
柏22 柏駅〜大木戸〜高柳駅
柏31 柏駅東口〜沼南車庫
高柳01 高柳駅〜沼南役場北口

沼南町周辺の路線図はこちら

1957年(昭和32年) 2.20 東武バス、鎌ヶ谷線柏〜沼南〜鎌ヶ谷間を開業。(柏市史)
1958年(昭和33年) 2.20 東武バス、柏〜沼南役場、柏〜藤ヶ谷間を開業。(柏市史)
1959年(昭和34年) 10.24 東武バス、柏〜藤ヶ谷〜折立線の免許を申請。(証券)
1961年(昭和36年) ? 東武バス、柏〜藤ヶ谷〜折立線の運行を開始。(柏市政要覧)
1962年(昭和37年) 12 東武バス、柏駅東口〜自衛隊〜高柳間の免許を所得。(柏市史)
1963年(昭和38年) 4.20 東武バス、柏駅〜高柳間を開業。自衛隊循環認可。(柏市史・沼南町史)
1972年(昭和47年) 12.6 東武バス、柏〜藤ヶ谷〜高柳間廃止認可。(柏市史)
1977年(昭和52年) ? 東武バス、柏〜六実〜鎌ヶ谷間、柏〜折立間を廃止?(柏市政要覧)
1996年(平成8年) 11.1 東武バス(沼南)、沼南役場北口〜高柳駅〜自衛隊正門前間を開業。自衛隊循環が高柳駅前に乗り入れ開始。(社史)
2000年(平成12年) 12.25 東武バス(沼南)、柏〜大木戸線を小野塚台まで延長。柏〜高柳駅折返し便を新設し、柏〜自衛隊正門間の折り返し便を廃止。高柳01 沼南役場北口〜自衛隊正門線を沼南役場北口〜高柳駅に短縮

 自衛隊循環は大木戸から右折して、沼南町南部へと向かう。このあたりは国道と交差するので非常に混雑しており、時間帯によっては大幅に遅れることがある。特に大木戸、榎木戸間の渋滞ぶりはすさまじい。あまりにもすさまじいので平成12年12月25日にルート変更が行われ、大木戸から柏駅発の便に限り役場の北側の道を通って国道16号線に至るようになった。榎戸の大島田交差点で国道と交差し、沼南車庫行きと藤ヶ谷方面の循環系統が分岐する。藤ヶ谷方面は国道16号線を一直線に進む。国道だけあって停留所の間隔が長い。

 沼南車庫行きは16号線をちょっと走っただけで曲がってしまい、藤ヶ谷新田から向台までは循環線のみとなる。循環線は朝夕を除き自衛隊正門先回りがほとんどであったが、16号線を先に経由して一気に南下する系統はダイヤ改正ごとに減らされ、平成12年には最近では遂に朝6:40分発の1本のみになってしまった。ところが14年の改正では逆に風早先回りの循環系統が廃止され、国道先回りの便が1〜2本残るだけとなっている。16号沿いには人家がほとんど無いから乗る人もいないのであろう。藤ヶ谷新田のバス停には枯草が絡まっており、哀愁を感じさせる。

 循環部のメインは大木戸から高柳駅までの間で、この間は最近まで1時間に1本程度の本数があった。しかし平成12年12月25日のダイヤ改正で自衛隊正門先回りの循環系統はわずか2本のみとなり、あわせて自衛隊正門前折り返し便が高柳駅折返しに短縮されてしまった。最も風早中学校からら大久保台あたりまでは人家が少なく、その他の区間もそれほど利用があったわけでは無いので減便やむなしと言ったところである。さらに前述のように平成14年には風早先回りの循環系統がなくなったため、高柳以遠は藤ケ谷新田行数本のみが走るというもはや壊滅寸前の状況となってしまった。このように路線としての存在感は大変薄く、バス停のポールが歩道脇の駐車場の中にあるところもあった。
 大久保台から一旦東武野田線の高柳駅に乗り入れ、自衛隊下総基地方面にむかう。高柳駅は沼南町唯一の鉄道駅であるが、自衛隊循環が駅前に乗り入れるようになったのはつい最近である。高柳駅から矢の橋までは五香・鎌ヶ谷市役所方面からちばレインボーバスの鎌ヶ谷線と並行する。こちらは今年9月までは下総基地まで1時間に2本程度の本数だったが、10月1日のダイヤ改正でその7割程度に減り、平成14年現在ではもはや日に数本である。

 高野台はちばレインボーバスの「藤ヶ谷」と同じ位置にあるが東武は東武で別の場所に「藤ヶ谷」があるからややこしい。ここを過ぎると自衛隊基地の広大な敷地が見えてくる。地平線のはるかかなたに飛行機も見えていた。しばらく走ると自衛隊基地の正門があり、かつては半分近いバスがここで折り返していた。しかし、先述の通り東武が大幅減便を行ったため、自衛隊基地周辺の公共交通はレインボーバスが主体となりつつある。

 また、平日のみ高柳駅〜沼南役場北口間の区間便もある。かつては高柳駅から自衛隊正門前まで足を延ばしていたのだが、平成12年12月25日の改正で短縮されてしまった。14年の改正では土曜の運行もなくなってしまった。風早中学校までは同じ経路をたどるが、ここから新興住宅地を抜け、大津が丘団地に出る。この道は大型車通行禁止と書いてあったが、バスは例外らしい。大津が丘団地からは阪東バスの系統と並行し、国道16号線で曲がらず直進して沼南役場の北側で折り返す。沼南役場北口のバス停は大木戸の近くである。なぜこのような経路をたどることになったのかということについては、高柳駅から沼南役場への足を増強すること、柏に乗り入れる必要が無く、大木戸では折り返しができないこと、県道船橋我孫子線の渋滞を避けることが理由として考えられるだろう。ただし本数は昼間のみ3本と非常に少ない。 
 
 この路線の歴史をめぐっては複数の資料で記述が食い違っており、よく分からない点が多い。『沼南町史』によれば、白井基地(現下総基地)が米軍から返還されたのを受け、昭和38年4月20日に自衛隊循環の運行が開始(正確には認可)されたとある。しかし、昭和39年版の『柏市市政要覧』では、これらの他に柏駅東口〜東町〜刈込〜沼南〜鎌ヶ谷、柏駅東口〜東町〜刈込〜沼南〜富塚〜折立といった路線を確認できるのだが、『沼南町史』では無視されている。逆に『柏市市政要覧』では自衛隊循環が無視されている。また、『柏市史年表』では昭和33年2月20日に柏〜沼南役場線と柏〜藤ケ谷線を開通とある。『沼南町史』では触れられていないのだが、ひょっとしたらこれが元祖なのだろうか。

 『柏市史年表』の記述に従うのであれば、昭和33年2月20日から柏〜沼南役場〜鎌ヶ谷線と柏〜沼南役場の区間便が走り出したらしい。柏〜鎌ヶ谷線は船取県道(県道21号船橋我孫子線)経由であったようで、免許申請当時は船橋までの運行を予定していたが鎌ヶ谷駅まで短縮し再申請を行っている。。自衛隊基地付近を経由していたかどうかは不明である。
 柏〜藤ヶ谷〜折立間の路線は昭和36年度中に認可され、運行を開始したものと思われる。いつごろ廃止になったのかは分からない。自衛隊前を経由していたのかどうかさえも不明だ。終点の折立は富塚からまっすぐ南東に600メートルほど進んだところにあり、国道16号線のすぐとなりにある。折立もまたかつて京成バスの松戸〜六実〜折立〜白井線が通っており、京成のエリアに割って入るような形になっていたようだ。ちなみに平成12年発行の千葉県の道路地図の一部に折立停留所が記載されているものがあるが、現在折立停留所は存在せず、白井町の循環バスが週2回やってくるだけである。富塚といわれてもぴんとこない人は沼南町周辺の路線図か、みもみ相原のページを参照していただきたい。

 東武鉄道の社史によれば、他に柏駅〜藤ケ谷〜高柳駅という系統がある。柏駅から藤ヶ谷や自衛隊基地の前をぐるりと回って高柳駅に至っていた。社史によれば昭和39年4月20日に運行を開始し、『柏史史年表』によれば昭和47年12月6日に廃止認可が下りている。この路線が廃止されてから高柳駅前に乗り入れる東武バスの系統がなくなってしまい、駅に行くには京成(現レインボーバス)の高柳停留所から300メートルほど歩かなければならなかった。再び東武バスが駅前に乗り入れるようになったのは平成8年11月1日で、沼南役場北口〜高柳駅〜自衛隊正門前線の運行開始と同時である。レインボーバスが高柳駅前に乗り入れるようになったのはさらにその数年後の平成11年である。最後に沼南車庫行であるが、これはおそらく旧柏車庫が平成元年4月1日に沼南営業所として現在の場所に移転してから新設された系統であろう。


自衛隊の下総航空基地を望む。はるか向こうに飛行機が見えた。


光ヶ丘・酒井根線

柏26  柏駅東口〜逆井入口〜酒井根〜光ヶ丘〜今谷〜南柏駅東口

南柏駅東口―南柏駅入口―今谷―今谷上町―小学校前―向原―麗澤大学前―広池学園―公団仲通り―光ヶ丘―竜光寺前―酒井根―青葉台―酒井根入口―南増尾―増尾新田―新栄町―土南部小学校―逆井入口―楽園入口―土農協前―増尾駅入口―土小学校―向根―上郷―中郷―亀甲台入口―新田原―学園入口―東町―駅入口―柏駅東口

光が丘、酒井根といった住宅地を経て、南柏へと向かう。中型バスで運行しているようだ。単独区間は亀甲台入口から南増尾までである。酒井根まではどう考えても遠回りだし、南柏駅から大量にバスが出ているのでわざわざこの系統に乗って酒井根方面に行く人はいないだろう。南増尾が乗客の分岐点となっているようだが、いかんせん本数が1日6本と少なすぎるので、非常に不便である。かつて逆井入口〜光が丘間は新京成バスの五香北線と並行していたが、こちらはさらに本数が少なく、酒井根〜光が丘は5往復、南増尾〜逆井入口間に至っては1日1往復であった。ただ、最近酒井根以南で大規模なマンションの建設が相次ぎ、平成12年年3月11日の改正では酒井根どまりの路線の一部が南増尾まで延長されることになり、酒井根〜酒井根入口間に青葉台停留所も新設された。


南柏01 南柏駅東口〜酒井根(今谷経由)

南柏駅東口―南柏駅入口―今谷―今谷上町―小学校前―向原―麗澤大学前―広池学園―公団仲通り―光ヶ丘―竜光寺前―酒井根

 昭和32年4月1日に南柏〜光ヶ丘間が開通となっているが、当時は時限許可であった。その後昭和55年に地元負担で酒井根に折返し場ができたことをきっかけに酒井根まで延長されている。かつて今谷を経由する南柏01系統は光ヶ丘団地へ最も近く、かなりの本数を誇っていた。しかし、南柏05番系統が新しくできたので現在はほとんど無くなってしまった。朝ラッシュ時を除けばぽつぽつと走る程度である。光ヶ丘団地は公団草創期の大規模な住宅団地で、入居開始は昭和32年3月16日である。建物の老朽化が問題になっていたが、最近建て替えが完了し、「グリーンタウン光ヶ丘」として面目を一新した。


南柏05 南柏駅東口〜酒井根〜南増尾(今谷経由)

柏駅東口―駅入口―十字路―柏一丁目―NTT柏前―泉町―柏洋スイマーズ前―神明神社―豊町―新木戸―南柏駅入口―南柏駅東口―南柏駅入口―今谷―今谷上町―小学校前―向原―麗澤大学前―広池学園―公団仲通り―光ヶ丘―竜光寺前―酒井根―青葉台―酒井根入口―南増尾

 2000年3月11日のダイヤ改正で新設された系統。形の上では新設であるが、南柏01番系統を延長したものである。これに伴い青葉台停留所も新設された。青葉台、酒井根入口近辺は最近大規模なマンションの建設が相次ぎ、特に柏湯本温泉の「ベルドゥムール南柏」は全戸天然温泉つきのマンションとして地元では有名である。スーパーやマクドナルドもオープンし、今後の発展が予想される。
 終点が南増尾になったのは折り返しの関係であると思われる。といっても南増尾に折返し場があるわけではない。南増尾を出たバスはすぐ先の交差点で右折し、酒井根の折り返し場まで道なりにぐるりと戻って折り返しをしているのである。地図が無いと分かりにくいが、南増尾の先で右折すると、ちょうど東酒井根停留所付近に出ることができる。 


南柏02 柏駅東口〜南柏駅東口〜酒井根行(豊住経由)

柏駅東口―駅入口―十字路―柏一丁目―NTT柏前―泉町―柏洋スイマーズ前―神明神社―豊町―新木戸―南柏駅入口―南柏駅東口―南柏駅入口―上町―豊住一丁目―白山神社―豊住―つくしが丘―火の見下―東中新宿―中原入口―光ヶ丘―竜光寺前―酒井根

 今谷経由に遅れること5年、昭和37年7月1日開業である。当時は光ヶ丘止まりで、酒井根まで延長された年は今谷経由と同様昭和55年だろう。光ヶ丘へは若干遠回りになるが、酒井根方面行の本数は今谷経由よりも多い。道はかなり曲がりくねっており、主に新柏、増尾北部の住民を拾うためにこの経路を通っているようだ。時刻表を見る限り、柏から南柏を経由して酒井根まで乗り入れる唯一の系統である。平成12年3月までは今谷経由、中原経由、増尾駅行の便も走っていたがなくなってしまった。多分客がいないのと南柏駅〜柏駅間の旧水戸街道が昼間かなり混雑するからであろう。唯一残った柏駅始発の豊住経由便も改正のたびに減便が続いている。


南柏03 南柏駅東口〜光ヶ丘〜増尾駅

柏駅東口−柏駅入口−十字路−柏一丁目−NTT柏前−泉町−柏洋スイマーズ前−神明神社−豊町−新木戸−南柏駅入口−南柏駅東口―南柏駅入口―今谷―今谷上町―小学校前―向原―麗澤大学前―広池学園―公団仲通り―光ヶ丘―中原入口―中学校入口―中学校前―増尾中原―増尾センター前―増尾通り―増尾駅

 本数は1時間に1本有るか無いかだが、買い物時には1時間に1本の本数がある。光ヶ丘〜中学校入口間はローカル色が比較的濃いが、増尾駅付近は戸建て住宅街の中を縫うように走る。道によっては大型車進入禁止の場合もあるので、運転手が迷いこまないように目印が置かれた十字路もあった。ほとんどが南柏駅どまりで、柏駅まで顔を出すのは増尾駅21時発の入庫便のみである。中原経由と同じく、沿線には新興住宅街が広がる。また、かつては今谷経由ではなく豊住経由であったらしい。運行開始年月日は不明である。
 なお、平成14年3月の改正で増尾駅発柏駅行の入庫便はなくなったようである。


南柏04 柏駅東口〜南柏駅東口〜酒井根行(中原経由)

南柏駅東口―南柏駅入口―今谷―今谷上町―小学校前―向原―麗澤大学前―広池学園―公団仲通り―光ヶ丘―中原入口―中学校入口―中原住宅―東亜住宅―中原―増尾ニュータウン―東酒井根―酒井根三丁目―酒井根

 この系統は光ヶ丘まで今谷経由の経路と変わらないが、光ヶ丘からはくの字型に迂回して酒井根に至る。かつては1往復しかない新京成バスの逆井入口経由の系統としばらく並行していたが、こちらは廃止されてしまった。近年開発された新興住宅街の中を走り、終点の酒井根のバス停は今谷・豊住経由のバス停から若干離れている。ほとんど南柏折返しなのだが、1日数本だけ酒井根〜南柏〜柏を直通する。
 この路線の正確な開業年月日はよくわからないが、有価証券報告書総覧に「1968年(昭和43年) 1.16 東武バス、南柏〜豊住〜中原線の免許を申請」とある。現在のように酒井根まで乗り入れず、途中の中原が終着であった。中原には折り返し場が無いためどのように折り返したのか不明である。このルートは中原に折り返し場が無いことから昭和49年に廃止されてしまうが、昭和55年7月1日に増尾ニュータウンから新たに新設された東酒井根、酒井根溜入下(現酒井根三丁目)の2停留所を経由する形で中原地区を走る系統が復活した。それと同時に増尾ニュータウン〜逆井入口間は廃止されている。そして昭和62年10月1日にはこれまでの14往復から30.5往復に倍増している。


増尾01 増尾駅〜酒井根

増尾駅−松野台−増尾ニュータウン前−東酒井根−酒井根三丁目−酒井根

昭和55年7月1日に酒井根折返し場が新設され、中原経由が経路変更を行なったことを受け運行開始となった系統である。酒井根の停留所は中原経由南柏方面行と同じで、増尾ニュータウンで別れて増尾駅に向かう。運行開始時は酒井根折返しではなく南柏駅まで延びていたのかもしれない。その証拠に平成元年頃のバス路線図によると南柏05、南柏駅〜酒井根〜増尾ニュータウン〜増尾駅という系統が存在する。南柏駅に向かう系統がいつ消滅したのかは不明であるが、ほぼ同じ地域を通る中原経由の系統が増発されたうえ、増尾駅に出ても柏や船橋駅で乗り換えなければ都心に出られないため、存続させるメリット無しとされたのだろう。そういうわけで現在は酒井根折り返しとなっているが、どうしても増尾駅に行かなければならない人以外は乗りそうもないダイヤを組んでおり、平成12年4月現在の本数は平日6.5往復、土曜5.5往復、休日2.5往復と非常に少ない。いつ廃止になってもおかしくないような路線だが、南柏〜光ヶ丘〜増尾線の出入庫線としての意味合いがあるのかもしれない。


・光ヶ丘系統の歴史について

1935年(昭和10年) ? 栄自動車 柏〜増尾間の運行を開始。(柏市史)
1936年(昭和11年) 3.20 栄自動車、総武鉄道(現在の野田線を運行)に6万円で営業権を譲渡。(柏市史)
1941年(昭和16年) 4.28 総武バス、柏〜増尾間の運行の休止を許可される。(柏市史)
1944年(昭和19年) 3.1 総武鉄道、東武鉄道と合併。柏〜増尾(当時休止中)線も東武の路線となる。(柏市史)
1956年(昭和31年) 12.25 東武バス、柏〜増尾間を開業。(柏市史)
1957年(昭和32年) 4.1 東武バス、南柏〜今谷〜光ヶ丘間を開業。(柏市史)
1957年(昭和32年) 10.1 東武バス、南柏〜南増尾間を開業。(柏市史)
1957年(昭和32年) 12.16 東武バス、柏〜今谷〜光ヶ丘〜酒井根間を開業。(柏市史)
1959年(昭和34年) 8 東武バス、増尾循環線を開業。(柏市史・市政要覧)
1962年(昭和37年) 3.2 東武バス、柏駅〜光ヶ丘循環線認可。(柏市史)
1962年(昭和37年) 7.1 東武バス、柏〜豊住〜光ヶ丘線免許。(柏市史)
1968年(昭和43年) 1.16 東武バス、南柏〜豊住〜中原線の免許を申請。(有価証券報告書総覧)
1971年(昭和46年) 7.1 東武バス、酒井根循環線柏〜逆井入口〜酒井根〜南柏〜柏間の通し運行を廃止。(柏市史)
1972年(昭和47年) 1.21 東武バス、南柏〜光ヶ丘〜酒井根入口間の系統廃止認可。(柏市史)
1972年(昭和47年) 2.6 東武バス、南柏駅東口ロータリー完成に伴い駅前に乗り入れ開始。(柏市史)
1974年(昭和49年) ? 東武バス、柏車庫〜南柏〜豊住〜中原線、南柏〜豊住〜中原線を廃止。(広報かしわ)
1980年(昭和55年) 7.1 東武バス、酒井根折返し場の完成により柏〜南柏〜光ヶ丘線を酒井根まで延長。柏〜南柏〜光ヶ丘〜中原〜東酒井根〜酒井根線、増尾駅〜増尾ニュータウン〜酒井根間を新設。増尾NT〜逆井入口間は廃止。(広報柏)
2000年(平成12年) 3.11 東武バス、南柏05 南柏駅〜今谷〜酒井根〜南増尾線新設。青葉台停留所新設。

 この路線のルーツは昭和10年に栄自動車が開設した柏〜増尾線だろう。栄自動車は昭和11年3月を持って総武鉄道に営業権を譲渡し、さらに戦禍が激しくなった昭和16年に柏〜増尾間が休止されてしまった。復活したのは終戦後の昭和31年12月25日で、当時8往復であった。その後昭和32年2月に光ヶ丘団地の入居が開始されると、4月1日から南柏駅〜光ヶ丘間の路線が新たに設けられ、昭和32年10月1日には南柏〜光ヶ丘〜南増尾間の系統も新設されたらしい。さらに昭和32年12月6日には柏駅〜南柏駅〜今谷〜光ヶ丘〜酒井根間の運行が開始され、光ヶ丘団地から柏駅まで直接乗り入れるようになった。そして昭和37年3月2日から柏〜増尾〜逆井〜酒井根〜光ヶ丘〜南柏〜豊町〜泉町〜柏駅の循環線が運行開始となった。この時点で現在の柏26番系統の原型ができあがったといってよい。現在は半周であるが当時は南柏から旧水戸街道を通って1周していたというわけである。柏市の市政要覧によれば昭和39年の時点でこの系統のほか、柏駅〜南柏駅〜光ヶ丘、南柏〜豊住〜光ヶ丘、南柏〜今谷〜光ヶ丘の3系統を確認できる。当時南柏駅〜酒井根間の区間便があったのか、酒井根まで乗り入れる便がどれぐらいの本数だったのかは分からない。また、有価証券報告書総覧によれば「1968年(昭和43年) 1.16 東武バス、南柏〜豊住〜中原線の免許を申請」とあり、申請後すぐに運行を開始したようだ。この系統は現在の中原経由酒井根行きの系統とは異なり、途中の中原で折り返していたようだが、周辺に折り返し場が無かった為、おそらく逆井入口や酒井根入口を経由し光ヶ丘まではるばる回送していたのかもしれない。

 その後酒井根循環線は南柏駅東口駅前へのバス乗り入れが始まる1年前の昭和46年7月1日に廃止されている。廃止といっても無くなったわけではなく、柏駅〜増尾駅入口〜逆井入口〜酒井根〜光ヶ丘に短縮されて系統そのものは存続している。さらに昭和47年1月21日には南柏〜酒井根入口線が廃止認可を受けている。これにより酒井根から南柏駅に直接出ることができなくなり、光ヶ丘で乗換えが必要になったわけである。光ヶ丘以南の受難はまだまだ続き、43年に免許申請を行ったばかりの柏〜南柏〜中原線が昭和49年に中原で折返しができないことを理由として廃止されてしまった。昭和51年の段階では中原付近の住民は光ヶ丘まで20分以上も歩かなければならなかった。昭和51年の段階で、柏〜逆井入口〜光ヶ丘線は1日5往復しかなかったので、通勤や通学には使いようが無かったのである。救済策としてだったのかどうか分からないが昭和53年ごろにはこれまで光が丘で折り返していた酒井根循環線が中原地区を循環するようになったものの、これも本数が少なく焼け石に水であった。

 これではあまりにも不便であると言うことで、地域住民や柏市と東武鉄道側が協議を重ね地元負担で酒井根にバスの折返し場を造ることになった。そして昭和55年に酒井根折返し場が完成し、ついに南柏から今谷や豊住を経由し酒井根に直通する系統が開設されたのである。さらに中原地区を循環していた系統が増尾ニュータウンを経由し酒井根に出るようルートが変更され、あわせて増尾駅〜増尾ニュータウン〜酒井根間の系統も新設された(広報かしわの記事からはよく分からないが、南柏駅に乗り入れていたかもしれない)。こうしてほぼ現在の運行形態が確立されたのである。中原地区の増強には同時期に東武が開発した「柏なかはら団地」の分譲開始と無関係ではあるまい。

 昭和55年以降は酒井根折り返し便が増便されたぐらいでたいした動きはなかったが、平成12年3月11日には今谷経由酒井根行のほとんどが南増尾まで延長されている。


酒井根の折り返し場、いつも数台のバスがひまをつぶしている。


南柏〜北小金線

北小金01 北小金駅〜南柏駅東口

1928年(昭和3年) 7.5 栄自動車、松戸町小山〜我孫子間で乗合自動車を運行開始。(柏市史)
1930年(昭和5年) 7.1 栄自動車、柏〜松戸間に乗合自動車を4往復運行開始。(柏市史)
1931年(昭和6年) 1月 栄自動車、柏〜松戸間を14往復に増発。(柏市史)
1935年(昭和10年) ? 栄自動車 柏〜松戸間、柏〜増尾間の運行を開始。(柏市史)
1936年(昭和11年) 3.20 栄自動車、総武鉄道(現在の野田線を運行)に6万円で営業権を譲渡。譲渡された路線は柏〜流山、柏〜運河(水堰橋)、柏〜松戸、柏〜大井、柏〜増尾、我孫子〜木下、我孫子〜布施。(柏市史)
1940年(昭和15年) 4. 総武バス、松戸〜柏間の路線を休止。(柏市史)
1944年(昭和19年) 3.1 総武鉄道、東武鉄道と合併。合併当時柏〜松戸間は休止中。(柏市史)
1946年(昭和21年) 6.1 東武バス、松戸〜柏駅東口間の運行復活。(柏市史)
1971年(昭和46年) 12.23 東武バス、柏車庫〜小金〜馬橋〜松戸間廃止認可。柏車庫〜北小金間に短縮。(柏市史)
199?年(平成?年) ?  東武バス、南柏で路線を分割し、南柏駅〜北小金間のみの運行となる。

常磐線の線路から微妙に離れた旧水戸街道を走り、わずか1駅間を結ぶ。道は1車線で狭いが交通量は結構多い。本数は1時間に1〜2本とそこそこ。柏市と松戸市を結んでいるが、実は流山市も経由している。流山市内に限り流山市のコミュニティバスのバス停があるが、東武のバス停とはリンクしていない。

この路線はかつて柏駅と松戸駅を結んでいた路線が短縮されたものである。平成4年の段階では柏車庫〜柏駅〜南柏駅〜北小金駅間で走っていたようだが、平成9年の段階では南柏駅〜北小金間に短縮されている。 それにしても系統番号が漢字3文字と言うのはかなり珍しいのではないだろうか。

松戸まで延びていたころに関してはこちらを見てほしい。

東武バスガイド      千葉&葛飾路線バス時刻表