東武バスセントラル 草加営業所・八潮出張所


1.概要

草加営業所は主として草加市内を営業エリアとする。かつて東武伊勢崎線沿線は東武バスの独壇場であったが、越谷以北が朝日バスに移管されてしまい、伊勢崎線沿線ではここが最北端の営業所である。八潮出張所は八潮市内から草加駅、亀有駅、綾瀬駅など常磐線、東武伊勢崎線の各駅に延びる系統を主として担当する。距離的にはかなりあるものの綾瀬駅に向かう系統はかなり多い。しかし、常磐新線が八潮市内を経由するため、開通の暁には路線の再編成が行われるだろう。なお各路線名は筆者が便宜上付与したものであり、正式な名称ではない。


八潮出張所


2.路線紹介

綾瀬〜八潮線

綾61 綾瀬駅〜八潮車庫
綾62 綾瀬駅〜八潮市役所

綾瀬駅と八潮市を結ぶ系統。亀有駅発着便よりも本数が多く、いつも長蛇の列ができている。そのためかここだけバスの接近案内が設置されている。都内と八潮を結ぶ路線は古くから運行され、遅くとも昭和25年までに北千住駅〜加平町〜花畑車庫〜中馬場という路線が開設されている。北千住〜花畑間は現在の北千住駅〜花畑車庫線と、神明町〜中馬場間はおそらく現在の綾瀬〜八潮車庫線と同一であろう。これらの路線はもともと花畑自動車が運行していたもので、昭和20年に東武が併合した。併合前は北千住〜花畑と草加〜中馬場〜花畑という別の路線として運行されたようだ。昭和32年の足立区勢要覧には花畑〜谷塚という路線も見られるが詳細は不明である。その後昭和40年になると草加〜中馬場〜花畑という路線は見られるが、八潮方面から都内へ向かう路線の記述は谷塚〜亀有駅線を除き自治体の統計から姿を消してしまう。しかし昭和46年に営団地下鉄千代田線と国鉄常磐線の相互乗り入れが開始されると両社の境界駅となった綾瀬駅はターミナルとしての地位を上昇させることとなり、同年綾瀬駅〜八潮車庫線の運行が開始された。足立区勢要覧を信じる限り、昭和40年代前半は浮塚〜中馬場間の停留所から北千住、綾瀬方面に直通する便はなかったということになろう。八潮市役所行の系統は比較的新しく、昭和61年5月16日の運行開始である。


満員の客を乗せて出発


亀有〜八潮線

有62 亀有駅北口〜木曽根〜八潮車庫
有64 亀有駅北口〜博物館前〜木曽根

1926年(大正15年) 2.6 内野亀吉、草加駅〜南埼玉郡潮止村大字大瀬間の乗合自動車の運行の認可を受ける。(潮止月報)
1926年(大正15年) 10.12 内野亀吉、潮止橋〜戸ケ崎間の延長許可。(潮止月報)
19?年(昭和?年) ? 花畑乗合自動車が上記路線を買収。草加〜戸ヶ崎〜亀有間の運行を開始。
1945年(昭和20年) ? 東武自動車、花畑乗合自動車を合併。(社史)
19?年(昭和?年) ? 戦後の混乱期に廃止となる?
1958年(昭和33年) 6.24 東武バス、草加〜谷塚〜木曽根〜亀有線設定免許。(社史)
八潮出張所の開設後、若柳で系統分割され、亀有〜八潮車庫、草加〜柳之宮〜木曽根間の運行となる。(足立区統計)

亀有駅から北上し埼玉県八潮市に至る路線で、運行開始当時は木曽根から谷塚経由で草加駅まで延びていた。ただし昭和40年代には谷塚までに短縮されている。木曽根から谷塚までの経路は県道松戸草加線経由である。昭和40年代において八潮と東武線を結ぶ路線はこの亀有〜木曽根〜谷塚線だったが草加駅から八潮へ向かう路線が拡充されるとその地位を失い、昭和46年ごろに八潮で分割されている。八潮以西は谷塚駅〜伊草団地・八潮車庫線となり、その後草加駅発着となった。
 八潮市は今のところ鉄道がないので、路線バスが張り巡らされている。しかしその割には本数が多くない。それもそのはずで木曽根経由で亀有駅に出ると遠回りになるからである。八潮からは綾瀬、草加方面にバスが出ており、八潮と綾瀬を結ぶ系統のほうが距離的にも近く、本数が多い。平成12年3月21日までは六ツ木団地を経由していたが、有28系統六ツ木都住線の経路変更の穴埋めをする形で足立郷土博物館経由に変更され、六ツ木団地に入らなくなった。


草加〜八潮線

草加01 草加駅東口〜柳の宮〜八潮車庫
草加02 草加駅東口〜柳の宮〜八潮市役所〜木曽根
草加03 草加駅東口〜伊草団地〜八潮車庫

1945年(昭和20年) 2.9 東武バス、花畑乗合自動車株式会社を合併。草加〜中馬場〜花畑、亀有〜戸ヶ崎〜草加線が東武の運行となる。(社史)
1971年(昭和46年) 3.?  谷塚駅〜伊草団地・八潮車庫線を開設。(草加市統計)
1976年(昭和51年) 5.?  草加駅〜木曽根線を開設。(草加市統計)
1978年(昭和53年) 7.17 谷塚駅〜伊草団地・八潮車庫線を草加駅〜伊草団地・八潮車庫線とする。(草加市統計)

草加駅と八潮市の南部を結ぶ路線。かつて花畑自動車が運行していた草加〜柳の宮〜中馬場〜花畑線を買収し、戦後になって木曽根方面への支線を開設したものらしい。上記の通り昭和40年代の八潮市と東武線を結ぶ路線は谷塚〜木曽根〜亀有線がメインで、草加駅から木曽根方面への運行回数はかなり少なかった。昭和45年当時の本数は草加〜花畑が26本、草加〜木曽根が6本、草加〜中馬場が3本となっている。このほかに草加から谷塚を経由する系統もわずかながら存在したらしく、同年の本数は草加〜上二丁目が1本、草加〜木曽根が1本となっていた。
 昭和45年7月27日に八潮出張所が開設されると同出張所を中心とした形への路線見直しが行われ、昭和50年代初頭にはほぼ現在の運行形態となっている。草加03の伊草団地経由便は開設当時谷塚駅〜伊草団地〜八潮車庫間の運行で、発着で、柳の宮から北上せず綾瀬川を渡り県道54号線を西進していた。また県道54号線から北上して伊草団地に到着するとそのまま折り返してもと来た道を引き返していたらしい。この路線だけを谷塚駅発着にしても意味がないと考えたのか、昭和53年に草加駅発着となり、伊草団地で折り返さずそのまま直進する現在の経路になった。また伊草団地折り返し便は昭和56年度に廃止された。


草加〜八潮団地線

草加09 草加駅〜稲荷三丁目〜鶴ケ曽根〜八潮団地
草加10 草加駅〜稲荷三丁目〜稲荷五丁目

1978年(昭和53年) 4.22 草加駅〜鶴ケ曽根線を開設。(草加市統計)
1980年(昭和55年)度   鶴ケ曽根〜八潮団地間を延長。(草加市統計)
2000年(平成12年) 7.16 草加駅〜稲荷三丁目〜稲荷五丁目線を開設。

草加駅と八潮市北部を結ぶ路線。昭和53年に鶴ケ曽根まで開通した当時はわずか1往復だったが、昭和55年度に延長されると9往復になった。稲荷五丁目行は平成12年に新設された系統で、稲荷交差点を曲がらずにそのまま直進する。


八潮市役所循環線

草加13 草加駅〜馬場新橋〜八潮市役所前〜八潮高校〜鶴ケ曽根〜草加駅
草加08 草加駅〜八潮市役所前〜幸の宮〜柿木二区(廃止)

1937年(昭和12年) 9.8 東武自動車、草加〜幸の宮間の運行を開始。(社史)
1979年(昭和54年) 7.15 東武バス、草加駅〜伊草〜幸の宮〜岡田病院線を廃止し、草加駅〜伊草〜幸の宮〜岡田病院〜上彦名線の運行を開始。(草加市統計)
1997年(平成9年) 10.1 東武バス、草加駅〜市役所〜草加駅線を新設し、草加駅〜伊草〜上彦名線と草加駅〜市役所〜八潮団地線を廃止。(草加市統計)
2003年(平成15年) 4.1 東武バス、草加駅〜八潮市役所前〜幸の宮〜柿木二区線を廃止。

草加13は平成9年10月1日に運行開始となった新しい系統。入れ替わりで新路線と重複する草加駅〜市役所〜八潮団地線と草加駅〜市役所〜上彦名線が廃止されている。八潮市内を循環する系統で本数は1時間に1〜2本程度。14時までは伊草団地先回り、14時以降は鶴ケ曽根先回りとなっている。

柿ノ木二区系統は昭和54年度に新設された系統で、同時に新設された草加駅〜柿木二区〜吉川駅線と既存の草加〜上彦名線と並行するようになった。昭和55年度の各系統の本数草加〜吉川車庫系統が往6・復4、柿木二区系統が往6・復5、上彦名系統が4往復だった。しかし柿木二区は草加市の東のはずれにあり、期待したほどの利用はなかったようである。本数はその後減り続け、平成9年度に上彦名系統が廃止、平成10年度に吉川系統が廃止され、末期は柿木二区始発便が平日1本あるのみとなっていた。そして総合グランド線の開通で存在意義がなくなったことを受け、平成15年3月末をもって廃止された。


松原団地駅〜八潮団地線

松02 松原団地駅〜八潮団地

1971年(昭和46年) 8.?  松原団地駅〜八潮団地線を開設。(草加市統計)

松原団地駅東口発着の主力系統。団地のほかに福祉センターや職安を抱えるだけに利用状況はかなり良い。


松原団地〜八条橋線

松03 松原団地駅〜上彦名〜三郷駅(廃止)
松03 松原団地駅〜上彦名

1937年(昭和12年) 1.26 東武自動車、埼玉県草加町〜八条村大字八条間の譲受認可。(社史)
1976年(昭和51年) 5.?  東武バス(草加)、草加駅〜上彦名〜三郷駅線を松原団地駅発着とする。(三郷市統計)
1977年(昭和52年) 6.21 東武バス、三郷団地〜松原団地駅間の路線を運行開始。(社史)
1998年(平成10年) 9.21 東武バス、三郷団地〜松原団地駅間の路線を廃止。
2003年(平成15年) 4.1 東武バス、松原団地駅〜上彦名〜三郷駅線を廃止。

松原団地駅から東へ向かい上彦名に至る路線。本数は1時間に1本程度で減便傾向にある。かつて三郷方面に路線が延びていたが、松原団地駅と三郷団地を結ぶ系統は平成10年9月21日に廃止され、その後1日1往復だった三郷駅と松原団地駅を結ぶ系統も平成15年4月1日に廃止された。
 またかつてこの路線は松原団地ではなく草加駅を発着していた。昭和51年5月に草加駅から松原団地駅に変更になるが、昭和50年の段階では草加駅〜上彦名間が69往復、草加駅〜三郷団地間が11往復もあった。柏駅から三郷経由で草加駅まで乗り入れていた時期もある。


総合グランド・青柳線

松06 松原団地駅東口〜青柳〜総合グランド前〜勤労福祉会館
松04 松原団地駅東口〜青柳〜ホクシー
新01 勤労福祉会館〜柿木公民館

1998年(平成10年)?  東武バス(草加)、草加駅発青柳循環を松原団地発着に変更。草加駅〜老人福祉センター線、草加駅〜青柳〜松原団地駅東口線を廃止。(八潮市統計)
2002年(平成14年) 10.1 東武バスC、松原団地駅東口〜勤労福祉会館線および勤労福祉会館〜柿木公民館線を新設し、青柳循環線を廃止。

松原団地駅東口〜勤労福祉会館線は平成14年10月1日に新設された。松原団地駅から青柳、総合グランド前を経由し新田駅の南で東武線と交差し勤労福祉センターへ向かう。この路線の新設により松04松原団地発青柳循環と松05松原団地駅〜老人福祉センター線は廃止され、松04の系統番号はわずかに残るホクシー折り返し便に振られたようだ。ただし廃止というより経路変更及び延長と表現したほうが実態に合うかもしれない。この改変により総合グランド付近からより早く東武線の駅に出られるようになった。なお、新田駅との連絡は駅から南に少し離れた市立病院前が最寄となる。入れ替わりで廃止された青柳循環は草加駅発の青柳循環と同時期の昭和54年に新設された。沿線の住宅開発が進むにつれ徐々に増便され、昭和58年ごろには松原団地、草加駅から老人福祉センターに向かう区間便が数本運行されるようになった。平成8年ごろには松原団地駅〜ホクシー前間の区間便も新設されている。しかし平成10年に草加からの青柳循環は姿を消し、松原団地駅発着に一本化された。ただほとんど増便されなかったようである。
 また、平成14年10月の改変では勤労福祉会館〜柿木公民館線も新設された。総合グランドまでは松原団地行きと同じ経路となり、柿木公民館、柿木二区付近を循環する。平日9本、土休日7本の運行。朝日自動車が蒲生駅〜川柳町線を新設し柿木方面への延伸を窺うようになったため、東武も座視できなくなったということであろう。


松原団地〜柿木二区線

柿01 松原団地駅〜柿木二区

1978年(昭和54年) 2.21 松原団地駅〜柿木二区線を開設。(草加市統計)

松原団地から産業道路を北上し、伊原1丁目から新越谷〜柿木二区線に合流する路線。往路は毎日1本運行されるが、復路は休日運休となる。


草加駅〜草加車庫線

草加11 草加駅西口〜草加車庫
草加12 草加駅東口〜草加車庫

いずれも出入庫系統である。東口発着の草加12は上下線で一部経路が異なる。


川口駅〜草加駅線

川11 川口駅〜新郷〜草加駅 国際興業と共同
川12 川口駅〜新堀〜草加駅 国際興業と共同
川13 川口駅〜新郷〜安行〜新栄団地

1961年(昭和36年) 4.6 東武バス、川口〜草加間バス路線設定免許。(社史)

川口駅から伊勢崎線方面に伸びる系統。草加駅と川口駅を結ぶ系統は2つ有り、いずれも国際興業バスとの共同運行。川13の新栄団地行は東武単独となるが、現在の本数は非常に少ない。。川13はかつて越谷まで延びていたのだが、昭和54年ごろに短縮され、川口駅〜新栄団地&越谷農協前(すぐに廃止?)と越谷農協〜新栄団地に分断された。越谷よりは平成7年ごろに新越谷駅始発に付け替えられている。また新郷を経由して浦和に向かう系統が存在した。昭和46年には6往復走っていたらしいが、昭和47年に2往復となり、昭和48年8月1日には草加駅から安行付近の里局入口までに短縮された。7往復とやや増便されたものの、すぐに廃止されたらしい。


3.廃止路線

金町駅〜八潮車庫

金町駅−広小路−東金町四丁目−半田稲荷前−東金町五丁目−桜土手−高須−高須大入−久兵衛−小合溜−寄巻−吹上−戸ケ崎十字路−潮止橋東詰−潮止橋西詰−大瀬橋−西大瀬−八潮車庫

金町駅〜八潮車庫線は平成3年3月31日に廃止されている。開通年月日は不明だが、昭和52年の八潮市統計に昭和50年度の乗降客数が乗っていたのでそれ以前であることは間違いない。 金町駅から久兵衛までは現在の金町駅〜三郷団地線と同じ経路を通り、戸ケ崎で現在の亀有〜吉川線とクロス、京成の戸ケ崎操車場を横目に直進し潮止橋を渡り、亀有駅〜八潮車庫線とクロスして県道松戸草加線をそのまま北上し八潮車庫に至っていた。今は八潮車庫が行き止まりのようになっているが、昔はその先があったのだ。久兵衛から戸ケ崎十字路までは県道松戸草加線の南の細い道を通る。バスが通れそうもない道なのだが、この道こそかつての県道松戸草加線だったのである。今の県道が県道として指定されたのはおそらく昭和50年以降だろう。 本数は昭和52年では5往復あったものの、その後は1日4往復という時代が廃止まで続いたようだ。昭和55年の「広報みさと」によると、朝ラッシュ時(6〜8時)は八潮車庫発6時50分台の1本だけ、夕ラッシュ時(18〜20時)は20時10分台の1本だけと全く使えない路線だったようである。ちなみに金町発着の八潮担当路線は他に存在しないため、出入庫線では有り得ない。また昭和40年代には潮止橋から花畑運河の北側を走り花畑車庫に向かう金町〜花畑線、松戸〜花畑線と言う路線もあった。


新越谷〜柿木二区線

新01 新越谷駅〜麦塚〜柿の木二区

2003年(平成15年) 4.1 廃止。

 かつて武蔵野線がまだ開通していなかったころは、麦塚〜蒲生駅入口〜大間野という東武伊勢崎線を横断する路線であった。昭和45年現在22往復であったことを確認している。しかし武蔵野線が開通すると新越谷〜麦塚間の運行となり、蒲生駅〜大間野間は廃止されてしまったようだ。踏切をまたぐ路線では定時運行が難しかったからだろう。ちなみに昭和53年の時点で新越谷〜麦塚間19往復であった。そしてか昭和54年になると麦塚〜柿ノ木二区間延長と同時に突然3往復まで減らされてしまった。さらに昭和60年に2往復、平成5年に平日のみ片道1本となった。平成12年10月1日付けで越谷営業所が朝日自動車に移管されたことにより、この路線が新越谷駅から発車する唯一の東武バスとなったが、平成15年3月末をもって廃止され、東武バスは新越谷駅から完全に撤退した。